トリック写真?

この写真よく見て下さい。何か違和感ありませんか?

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実は撮影者の私は、ほぼ真っ直ぐに立っています。ということは傾いているのは地面ということ。
今日は朝から数時間、こんな斜面で過ごしました。半矢の猪を止めに行った際に落として回収出来なかった木刀を探しに行ったのです。
人の手が加わっているとはいえ、やはり木の棒。そこかしこに木の枝が転がっている環境では思った以上に苦戦し、結局見付からず。無理をしてでもあの時に拾っておけばと悔やみましたが、今冷静に考えると、やはりあの時の判断は賢明だったろうと思われます。氷の上に雪が乗った条件で、気温が上がってきていましたから(追われる猪は夜中にそこを通過していました)。
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# by oglala-beads | 2014-03-09 17:38

そんな4文字熟語もありました。

ここ最近、晴れては午前中に畑を耕したり、走り込んだり、重たいものを持ち上げたりしています。天候が悪くても出来るのですが、そういう日は気が重いので、今更の様に購入したwindows XPのパソコンで、これでしか動かないプログラムと戦っています。何せWindowsは初なので、カナ変換が分からないところからスタートしています。それで気付いたのですが、コンピューターを使っていて経過する時間って膨大ですね。しかもその殆どで眉間にシワがいっている。
一昨日だったか、天候が大きく崩れると聞いていたので、2月の始めに山で落とした銃袋を回収するついでに、鉄砲を持った尾根のトレイルランに挑戦してみました。ところが靴の選択を間違えて斜面で転がり回って、毎回銃を庇うものだから肘と膝と肩がアザだらけになりました。でも楽しかったです。木陰から立ち上がる余裕もなかった鹿が、なすすべもなく見送ります。

こうやって見ると格好いい、その際に履いて行ったロスコのジャングルブーツ。安くて無茶苦茶軽く、林道ではそこそこ滑らなかったのですが、オシャレ靴ですね。

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# by oglala-beads | 2014-03-06 15:36

ごみ袋私考

ごみ袋の気持ちに成りきれる人は少ないと思うが、彼らには彼らのプライドがあると思う。
素晴らしいごみ袋は全くたいしたものなのだが、コストを落としたごみ袋は多くの人に役立っている。

うちの猫はごみ袋に入って寝るのが好きだ。猫の言い分も聞きたいが、ごみ袋の言い分も聞いてみたい。

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# by oglala-beads | 2014-03-05 10:00

ウグイスの鳴いた朝

山里のこの家に引っ越す事に決めてから4年が経ちました。5年目にしてようやく、いつ頃何をしなければならないのかが分かってきました。
そうして見てみると、田舎暮らしがノンビリなどというのはとんでもない。まさに生活の為に生活をしなければならないということ、都会に居た時の時計は自分自身の為の時間を刻む為のものであり、それは山里では用をなさない、いわば他の惑星の時計。それに気付いたのが今年の2月の始め頃の話でした。
私は弱みを公表しているので考え違いをしている方がいらっしゃるかもしれませんが、非常にタフです。単純に真面目で責任感が強過ぎるだけです。その上に楽観的。そんな私をもってしても、上に気づいた時は暗然とした思いがしました。いや、実を言うと、その時、初めて神戸に戻る事を考えました。
そんな思いを抱えたまま2月の下旬に神戸に数日帰郷しました。そこには沢山の人によって互いが便利に時間を送れる為の完全なシステムがありました。快適な部分もあり、馴染まない部分もある。でも、久々の便利を使っている中で、ふと日だまりの中、直接何ものとも繋がっていない自分に気付いて、自分自身の価値が、貨幣でしか見積もる事の出来ないものの様な思いがしました。

私は農作業が性に合いません。ほとんどの狩猟民族は大地を耕す事を信仰的に嫌いますが、もしかすると私自身の縄文人気質の強いところがそうさせるのかもしれません。
でも今、小さな畑を耕しています。そこは4年放置された上に、一昨年水路を造った際に石や岩だらけになってしまっていました。
鍬で毎日1畝ずつ、鍬を入れては石を拾って庭の隅に放る。雪が溶けたばかりの土は鍬が入りやすい。来週にはあらかた耕し終えます。
さて、何を育てようか。キュウリは皆一時に出来て、村中みんなが誰か貰ってくれないかと歩き回っている。逆にみんなが育てていない様な野菜を育てよう。物々交換。そんな知恵まで身についた5年目の早春。
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# by oglala-beads | 2014-03-03 15:47

フキノトウ

村の山の雪がようやく溶けた。川辺にフキノトウを見付けた。よく我慢して冬を生き延びた鹿や猪達を思うと、少し解放された様な、荷が降りた様な思いがした。

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# by oglala-beads | 2014-03-01 16:14

遠ざかる声

谷の入り口辺りに鹿にとっては御馳走があります。そこに夜中にやってきた鹿の母子。声をひそめてピっという警戒声。これは母親のもの。よく知っている親子で、母親がダミ声なのですぐに分かります。かなり頻繁に声を発している。こんな感じでしょう。

もう、ほら、そこの家、犬が居るのよ。早く来なさい。だってじゃありません、置いて行きますよ。そりゃ母さんだって食べたいですよ。でも、その家の人、怖いのよ。私の母さんはその家の人に殺されたんですからね。ほら、来なさい。もう!いい加減にしなさい!

私だったらそろそろ怒鳴るな、というタイミングで本当にひと際大きな声で怒っていました。そして谷を奥の方へ声が遠ざかっていきました。私はずっとその声を聞いていたかった。
いつの間にか眠りに落ちていました。
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# by oglala-beads | 2014-02-27 22:53

勘弁

この一週間ほどの間で、随分と猪を解体しました。大きいのと中ぐらいのと、小さいのを数頭。配偶者が野生肉を食べ始めたこともあって最初は少し人並みに嬉しかったのですが、もう充分、沢山。私には鹿以外は狩猟獣ではないので、苦手なのでしょう。まだ一頭軒先にぶら下がっていますが、解体しなければならないと考えただけで吐き気がするほどストレスです。

私は猟期始めに今期必要な皮の数を計算し、それに見合った数の猟用の弾を購入します。だいたい10頭も獲れたら十分です。獲る鹿を選びに選んで、完璧に仕留められる状況でないと撃たないので、予備を入れても1猟期あたり15発もあれば充分です。今年はその感覚以下だったので、弾の手持ちが心もとなくなってしまいました。また、苦手意識のせいか、致命傷を与えられなかったり、致命傷だったけれども即死ではなかったりと散々。今季はどうも嫌な猟期になりました。悪いプライド(高い見積り)は廃しているので大丈夫ですが、もし持っていたならズタズタだったでしょう。むしろ、自分自身気付いてはいた自分の弱点を改めて突き付けてもらえました。

動くものが苦手といっても、ランニングターゲットなど、出たら優勝していますし、クレーも普段やらない割には経験者講習等では良い成績です。これは気の問題でしょう。しかしなかなか分かっても、いや、分かったからこそ、諸々の事象や事情などが絡む難しい問題なので、じっくり自分と向き合わなければならないと感じます。
殺生が絡むので、猟師の社会貢献というのは、なかなか厳しい道に思います。バランスでしょうか。始めから駆除であれば、そう悩む事も無いのですが。自分自身の猟に高い良いプライド(理想)を持っているのだと思います。それ自体は良いことだと思うし誇れるのですが。

残り2頭の子猪ですが、まだ油断は出来ないものの、出てこなくなりました。移動先も突き止めました。ちょっと驚く所でしたが餌も多いところなので戻ってこない事を祈っています。正直言って私の対応は臭いものに蓋をする様なものだと思いますが、とりあえずは勘弁してほしいと思います。
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# by oglala-beads | 2014-02-17 15:49

無理せんでええんやで

毎日の様に子供の猪が出てきて弱っています。親はいません。多分あれの子供、というのが分かっていますが、誰も獲っていないし、元気な若いお母さんで、秋頃まで彼等とヌタ場に来ていました。冬の厳しさを予想して子供を見限ったのだろうと思っています。
降雪の多い年は、親無しでウロウロしている子供たちをよく見ます。足跡を辿っても、近くに親がいる形跡はありません。
大人の猪は一度猟師の存在を知ると、余程でないと村には出てこなくなりますが、子供は非常に大胆に出てきてあちらこちら掘り起こしてしまいます。これが日常になると春以降作物に被害を出すので、獲っておくか危険を思い知らせる必要があります。

猪に興味無い私からすれば、こういった猪対策は完全に地域奉仕活動です。「なんや、あんたの村の猟師は頼りない」と言われたくなくて頑張っている方もいらっしゃる様ですが、獲ったからといって何があるわけでも無いので、特に初心の猟師のうちは精神の苦痛を我慢してまでやることでも無いと思います。うちの村の場合は感謝もして頂いて恩を感じるところが大いにありますので頑張らせて頂いておりますが、神戸での駆除の際はハイカーのみならず営農者にまで睨まれたり罵声を浴びせられたりしました。そんな時は、自分はヒトのためではなく生態系を守るためにやっているのだと自らを慰めたものでした。今は地域の為にと胸を張って言えるほどよくして頂いているので、それだけでも本当に幸せに思います。何も罵詈雑言を浴びせられるのは町の近くだけではありません。

ついつい過去の恨み節で脱線してしまいました。

彼らは猟期初めの頃に一度出てきて、その際は6匹いました。一つ獲って驚かせておいたので出てこなくなっていたのですが、もう彼ら側に余程余裕が無いのでしょう。そう、先に「大胆」と書きましたが、やむなく出て来ていると言った方が正しいのでしょう。
一昨日だったかに一匹撃って、もう出ないかと思いきや、場所を変えて昨日も出たのでもう一つ獲りました。それでももしやと思い今朝、このグループが出そうな場所を拾って歩いたら、やはり出ていました。また一つ獲ったので残りは2匹になりました。
私は動く相手を撃つのが苦手なので、余程でないと一度に一匹ずつしか撃てません。一匹だけにするのは可哀想なので、出来ればもう勘弁して欲しい。
実は一昨日撃った時は全速力で相手が走っていて距離も70mほどはありました。普段なら絶対に撃たない状態ですが、追い払いの意味も込めて撃ったところ、幸か不幸か当たってしまいました。それでも100mほど逃げて寝屋の様な所で息絶えていたのを翌日回収したのですが、夜のうちに他の兄弟たちが様子を見に来て暫くそこに居た足跡がありました。

駆除にも出ているわけで、こういうのは通年あることなのですが、特に動物たちにとって最も辛いこの時期は、贅沢や歓楽、また猟師以外の宴の場に出ることに対して気乗りがしません。人間活動の犠牲者たちへ黙祷などと大上段に構える気は無くて、単に気が乗らないんです。こういう時に無理しても、まわりは馬鹿に見えるし、自分はもっと馬鹿で惨めで、みすぼらしく見えてしまうんです。

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# by oglala-beads | 2014-02-16 15:22

血縁者

山を歩いていると、ビックリした様な、ちょっと怒った様な顔をして、鹿が突っ立っていました。
その姿を見て、はっとして、慌てて双眼鏡で顔を見ました。それは、私達にちょっとした曰くのある鹿の血縁者に違いなかったのです。

越した年の冬の事。その鹿に初めて会ったのは家の近くの竹林の縁でした。私を見て逃げるどころか、じっと見据えて前脚でトントンと地面を叩いていました。不満や威嚇をあらわす仕草です。充分に射程内でしたが撃つ気になれなかったので放っておきました。
その後、山は根雪に覆われていたものの春の気配が見えてきた頃、はぐれ猟犬に襲われていた彼女を保護しました。たった二晩か三晩の事でしたが、驚くほど懐いて可愛かった。特に由紀に懐いて、チョンチョンと鼻で由紀の手を突いては、子鹿に食草を教える時の様に、取ってほしいものをアゴで示したり、猟犬に襲われた怪我の箇所を示したりしていました。
彼女の食事を調達するために、私は走り回りましたが、ほんのちょっと食べてくれるだけで、それが例えば笹であっても、ある種類の、特定の部位しか食べません。結局満足な食事を与える事が出来ず、3日ほどで死んでしまいました。
それが悔しくて、彼女達がどの時期に何のどの部位を好んで食べるのか、一生懸命に勉強と観察をしました。多くの植物の図鑑を買ったのも、高槻成紀先生の御著書を買い漁ったのもこの時期でした。

こんなことを言うと、学者さんや、地の自然好きな方の中には「また岡居がいい加減な事を言っている」と仰るかもしれません。都会から来て、専門の勉強もしていないお前に何が分かると。しかし、同じ血族の鹿は互いによく似ているし、中には今回の子の様に、驚く程そっくりな子もいます。声も似ています。一頭一頭の鹿には個性があります。それの分からない方は、ただ漠としか見ていらっしゃらないのでしょう。

ちなみに高槻先生のお弟子さんの中には、100頭の鹿を見分けた研究者の方がおられたそうです。

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# by oglala-beads | 2014-02-14 16:26

手負いの猪

農業被害を考えて、そろそろ獲っておこうかという猪がいました。昨日、日没前に、今日辺り獲り易い場所に出ているだろうという読みがあったので行きましたが、雪の中の黒い土をバックにしていた上に、折からの雪で見当を誤り、半矢(手負い状態)にしてしまいました。アオキの混み入った急斜面に逃げ込まれ、日没で当日の追跡を断念しました。そして昨夜は雪。朝には足跡も血糊も非常に分かりにくくなっていましたが、執念をもって追いかけました。
最初は凄い馬力で斜面を上っていたのが、次第に横にゆく様になりました。途中滑落しかけて、私の代わりに、持参した木刀が谷底へと落ちていきました。大学生の頃に居合の練習用に数ヵ月間お金を貯めてやっと買った木刀でしたが、どうしようもありませんでした。相手は手負いとはいえ、山では情けない程に這いつくばった私の不利が痛いほどに感じられます。軽く押されただけで谷底に滑り落ちるのは避けられません。
身体を休めた形跡が増えてきました。しかし出血が減っていました。今までより僅かばかり、楽なコースを逃げている様に感じられました。コースとおぼしきところより少し上に上がって、予測をつけては双眼鏡で確認して歩みを進めました。
松の根本、雪のバンクの中に、大きな松の根が隆起している様に見えました。死んでいるのか。双眼鏡で長い時間見ていても呼吸の形跡がありません。しかし、たてがみが立っていました。スラッグ弾をひとつ込めて、頭を撃ち抜ける位置までゆっくり、しかしわざと大きな音を立てながら降りていきました。案の定、最後の力を振り絞って飛び起きてきました。

麓へ引きずり下ろして行きながら、他の鹿達の昨夜の足跡に注意がいきました。まるで手負いの猪を見に来たかの様に、足跡は多く猪の辿った道へと繋がっていました。時にはそれの上を歩いて、猪は私にトリックを仕掛けていた様にも見えましたが、単純に歩きやすかったからそれを使っただけにも思いました。でも、少し利用してはすぐに逸れていました。まっすぐどこかを目指している様にも見えました。単に出来るだけ負傷した地点から遠ざかる為だったのかもしれません。
山裾の昨夜の鹿達の足跡は、半死半生の猪がいたからといって変わることなく、いつもの様でした。なんとなく引っ掛かるものがありましたが、考えるのをやめました。
私が生かされた事に感謝しました。責任を果たせた事への安堵感が、心地よく心身を満たしてゆきました。
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# by oglala-beads | 2014-02-13 14:33