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殺気

追い声をあげながら尾根を下っていると、下の谷から数発のライフルの銃声が空気を押し付けてきた。一瞬思考が停止する程の音圧だが、自分が勢子として良い役割を果たしている事に口角が上がる。
突然何ともいえない嫌な感覚に襲われた。これは殺気だ。しかも鹿のものほど無視出来るものではなく、猪のものほど気だるいものではない。強いて言えば一瞬で空気が囲まれて、その内の一点にまるでレーザーで刺し通す様な特に強い部分がある。我を励まし、更には危険を遠ざけるため、ひと際おおきな追い声を上げ、レミントンM870のスライドを開き、いつでも12Gブレネッキ弾のカートリッジを装填出来る様に右手に握る。広く気を配りながら尾根上をジグザグに切りって脚を運んだ。ふと後ろを何かがついてくる様な物音がする。リスの様な小さな物音だったが、音が続いているので視野の端で伺って見た。ベストの後ろポケットから犬の綱が半分落ちて、枯れ葉の上をなぞっていた。溜め息をついて、右手に銃を持ち替え、左手で何か他に落としているものが無いか、後ろポケットをまさぐる。
突然1メートル程左後ろでヤマドリが驚いて飛び立ち、まわりの枝にぶつかり回っている様な動作を視覚以外の感覚が捉えた。視覚を移動させると、尾根から少し落ちた所の杉の様な何かの樹を、小型犬サイズの真っ黒な生き物がバリバリと垂直に登ってゆくのが見えた。子熊だ、これはまずい近過ぎるぞ、親はどこだ。歩調を緩めずに見回し、再び視線が子熊の樹に戻った時、子熊を樹の上に押し上げる様にして樹の傍らにこちらを斜め向いて立ち上がり、私を睨みつけている親熊の姿が目に入った。というよりも山の中でそこだけが光を呑み込むブラックホールの様に暗い闇だった。その闇は、普段から時々目にしてはいたが、今回のは今までとは危険度がまるで違う事がよく理解出来た。親熊の目には恐怖があった。私自身の直感が、止まるな、通り過ぎろと命じている。5メートル。襲ってこない。10メートル。尾根が落ち込んで熊の姿が隠れた。鉄砲を左手に持ち替え、チャンバーに弾を放り込み、シリンダーブロックが閉鎖しない様、親指を差し込みながら、そのまま歩く。25メートル。無線で熊が出た事を告げる。50メートル。立ち止まって音が移動していないことを確認する。その旨、無線で連絡を入れて回りの射撃手に注意を促す。脚が震えている事に気付く。ふと見るともう麓で、建物のトタン屋根が目に入る。ほっとして下山し、弾を脱包する。ふと気配を感じて目を上げると、2つ横の尾根を歩いていた私の犬が合流してきた。GPSで彼女の行跡を確認すると、私が歩いた尾根を、私が歩いた5分10分ほど前に彼女も歩いていた。それが私が熊と会った丁度その辺りで8の字を描く様にして不自然にUターンしていた。
「そうか、お前もあれと会ったか」
よく挑まなかったものだ。このターンの仕方を見る限り、気付かなかったということは無いだろう。

この親子は、私が来るまではジッとして災禍が去るのを待っていたのだろう。そこに私が追い声を発しながら自分たちの方へ降りてきた。当然尾根を越しては逃げられない。谷の中には射撃手がいて、下りる事も出来ない。じっと伏してやり過ごす積もりだったのが、私が自分たちの方に向き直る様な動作をした事で、子供が耐えられなくなったか、母親がもはやこれまでと捨て身で来る覚悟をしたかのどちらかだろう。あの時、こちらが「銃をもっているから」と安心して脚を止めたり、銃を左手に持ち替えていたりしていたら、おそらく私は無事ではなかっただろう。先日の日曜日の事だ。
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by oglala-beads | 2013-06-26 16:34

OGLALA(オグララ)工房雑記再開のお知らせ

迷走いたしましたが、諸事検討した結果、当面工房雑記をこのまま継続することにしました。
リクエスト下さった皆様、この場を借りて御礼申し上げます。
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by oglala-beads | 2013-06-26 12:46