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長靴

昨日は豊岡市合同有害鳥獣捕獲で日高へ行ってきました。
連休だからか、用意していると地元の方がゾロゾロでてこられました。

「あの、シカが夜中にピーピーいうの、哀しいなあ」
「哀しい?(ああ、農作物を食べられるからかな?)」
「お隣の◯◯さんのおばあちゃんなんかな、柵の内と外でシカの親子が鳴き交わしとったって、自分が大泣きしよるんよ〜」

僕は地元の人と積極的に話す方で、大概は「ようけ殺して!」と目を吊り上げられる。こういうのは初めてだ。

「じゃあ、柵のところに”死んでほしく無いから、こっから出ないで”と書いときはらんと」
「ほんまやなあ」

植村直己冒険館からほど近い、観音寺という集落。
山に入ると、中腹辺りに非常に立派な柵が設置されてある。
柵の外回りをずうっとイノシシが掘り返して回っている。
柵の中のシカの数は、かなり多い。

「成果なし?」
「いや、全体で20頭ぐらいかな?」

終わった後に話した男性も、成果が多かったと聞いて、ちょっとガッカリした様子だった。


一ヶ月ぐらい前に購入した普段履きの黒い長靴が、わずか一ヶ月で穴が開いてしまった。もともと雨具マニアだったので、神戸に居る時から色々と長靴は買い込んでいたのだけど、こっちに来て、長靴が普段履きだけあって、寿命は極めて短い。まともに履けるのは、キュプラー素材の、林業用のダイドーのスパイクだけになってしまった。
ハンターにしても、コロンビアにしても、ミツウマにしても、全部駄目。

追記:ミツウマでも日本製は大丈夫。
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by OGLALA-BEADS | 2012-04-29 15:55

マイガール

 僕はアニメが好きで、「狼と香辛料」とか、ストーリーがはっきりしていて夢のあるものが好みです。
 夢のあるアニメといえば、魔法少女ものが1ジャンルを築いているのですが、あれは好きではありません。
 それが、仲の良いお客さんに「魔法少女まどか☆マギカ」を薦めて頂き、CSのANIMAXでやってくれていたので、3ヶ月かけてようやく最終回まで観る事が出来ました。
 本当に凄い世界観で、非常に圧倒されました。子供向きの内容ではないし、3話の途中から急速に暗くなっていきます。詳しくはウィキペディアで検索してみて下さい。

 ここでで描かれている世界は「有害鳥獣駆除」という世界にも通じるものがあるように思います。実際にその中で苦しんでいる方々にお薦めいたします。


 このアニメを観終わって、作ったイアリングの一つが、主人公の”まどか”そっくりで驚きました。
 先日、作業日誌にアップした「round earrings ~ puella magi ~」がそれです。
 ”puella magi”とは、ラテン語で”魔法少女”を意味するそうです。このアニメは外国でも大人気で、”puella magi madoka magica”というのが外国でのタイトルだそうです。

 ストーリーを観終わって自然に出来上がったのと、ただ画像だけを見て作ったものは全く違います。幾人の人がそれに気付くのかは分かりませんが、少なくとも制作者の僕には、痛みを感じる程よく分かります。
 物事のカタチだけ見て作ったものは、後から痛みを伴って僕を苦しめます。恥ずかしながら、そうやって僕を苦しめている過去の商品は山の様に存在しています。
 例えそれが良い物であっても、今では生み出さない様にしています。そのことを、とっても大切にしています。


feather earrings ~ for Anna Chlumsky in my girl
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これは、昨日CSで二回目を観た、映画「マイガール2」で、ヴェーダが父親と思い込んだ人に会いに行ったシーンで、前日にピアスの穴を明けたベーダに「頑張れ!」の思いで作ったピアスです。
写真では光に透けているのでコントラストが高くなっていますが、実際に身に着けた時はコントラストが沈み込んで、ベーダを美しく輝かせるでしょう。
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by oglala-beads | 2012-04-24 22:56

借家物件のご案内

 どなたか野生動植物等の研究拠点として、中山間地帯の田舎物件を探してらっしゃる方はおられないでしょうか。
 友人の村の青年会が農家民宿としてのオープンを考えて所有しておりましたが、法的な難しさから断念。借地借家として考えております。ただ個人で借りるには勿体ない物件で、山林に接した農地が数面あり、母屋の他に鍵のかかる部屋が数個あるので来客の多い施設、職員泊まり込みの施設に良いかと思われます。
 個人の方に借りて頂くより、地域の活性化になる方法は無いかと思案しております次第です。
 家賃は3〜5万で検討中との事です。上水道、水洗トイレ等、ライフラインも完備で、山水等の水利、そして中山間地域ながら日照にも恵まれています。
 場所は兵庫県豊岡市但東町の、ある集落。もともと地域住民のホスピタリティーの高さで定評のある但東町の中でも、もっとも人が良いと有名な集落です。JR福知山駅から車で30分圏内。
 もしご興味ある方ございましたら、岡居までお気軽にご連絡下さい。
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by oglala-beads | 2012-04-21 23:27

神戸に帰省した話7〜畏敬〜

豊岡市の合同有害鳥獣捕獲で日高へ。

待ち(射手)が展開を終わる前に、稜線沿いを5匹の群れが、僕の上の待ちに近づいて行った。そして上の待ちに気付いて弾かれた様に逆走して稜線沿いを逃げて行った。
この稜線の流れの一本で待っていたので、ぐるっと回って僕のところに来るだろうなと、予測をつけて安全装置をかけ(全員の展開が終わっていないので撃てない)いつでも銃を構えられる様にして待った。
ほどなく、10m前後前の薮から何かが飛び出してきて僕の真横を駆け抜けて行った。一瞬鹿に見えたのだが、次の瞬間には犬に見えた。そしてまた次の瞬間に、いや確かにこれは鹿だというのが分かったのだけど、あまりに、鞠の様に、走るというよりまさに飛ぶ、跳ねる速さが尋常でなく、まさに畏敬さえ覚えて、笑ってしまった。

結局、後になって考えるに、最初に鹿に見えた瞬間は、大地を蹴って両手両足を伸ばして宙を飛んでいた時だった。そして犬に見えた時は(正直ネコぐらいの大きさに見えた)、着地を全身の伸縮でバネがもっとも縮んだ状態だったのだろう。
ようやくそれが子供の鹿だと分かったのは、その次の跳躍の際だったので、人間の視覚の応答速度が10ミリ秒以下だということで考えると、まさに、凄い速度、といえると思う。

これをすべて両目で見ていたのだけど、右目は870のピストルスコープ越しに、確実に心臓を捉えていたので、両目で各々違う情報を処理するという練習が、功を奏してきた。5ヶ月毎日練習して、ようやく使い物になるレベルの基礎段階に到達出来た。

しかしそれを思うと、人の潜在能力というのも、畏敬に値するすごいものなんだな、と思った。
最終目標は、このピストルスコープの両目使いでクレー(スキート)を撃てる様になることだ。
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by oglala-beads | 2012-04-14 23:36

神戸に帰省した話6

先祖伝来の資産に飽かせて旅行ばかりしているゴリラそっくりの知り合いが、何かを得て来る感受性も無い癖に、またぞろ贅沢旅行に行くという話を聞いて、いっそのこと故郷に置き去りにしてきてくれないかな、本気で色々と妄想した。

「ちょっと!ここどこよ!?」
「あなたの生まれ故郷です!」
「ちょっと、何言ってんの!?私こんなとこ知らんよ!」
「いえいえ、大丈夫です!大丈夫です!」
「あんた、ちょっと何よ!・・・え!?ちょっと私をどうする気!?・・・ちょ、ちょっと!こんなとこ置いていかんといてよ!」
「あなたの幸せのためなんです!ほら、お仲間が集って来ましたよ!」
「はあ???あれ、ゴリラやん!私、人間よ!」
「みなさん、そう仰るんです!大丈夫です!我々はスペシャリストですから!よ〜く分かっておりますッ!これがッ、あなたのッ、ためなんですッ!!」


人にも色々なタイプがある様に、ある個体にとっては奥山放獣が正解で、一方の個体にとっては不正解というのもあると思う。だから奥山放獣の是非は僕には分からない。
でも一つ思うのは、人里で生まれ、人里で育った動物にとって、奥山というのは異界であろうなぁ、ということ。


宮崎学先生の写真集は人気で、その殆どが「ちょっと貸して」という名目で、買っても買っても入った途端に借りパチされているので、出典がどの本と確認出来ないのだが、里回りで育てられ、山について教わっていない小熊にとってはヒトと同様、山は恐怖でしかないらしい。だから母グマが獲られると山に帰る事が出来ずに人里でウロウロすることになる。
まさに。ここ但東で頻繁に目撃される熊は一頭で居る小熊であり、まったく山に「行こう」とはしない。

特にオスの子供は悲惨で、大人のオスグマに喰われない様に、想像を絶するある行動(ここでは伏せておく)をすることを、宮崎先生から直接教わった。
外国映画の「小熊物語」は美しく心の震える作品であり、僕も好きだが、内容は全くの嘘っぱちであることがここからも分かる。


今猟期、ようやく春の気配が見えてきた頃、普段僕が巡回していないコースで、昼間も里にずっと居てウロウロしている子鹿を見つけた。
何度か追払いをかけるものの、まったく山に戻る気配がない。これはもしや「行けない」個体かと、記録を調べてみた。
すると、里回りをテリトリーにしている母親に連れられてベッタリ行動していた子供らしく、常に界隈の小範囲をねぐらにして2人でウロウロしていた事が分かった。
それが大嵐の日の夕方に、すぐ近くの家の車庫に「一人で」避難しており、その際は家人に見つかって100m上流の隣の家の車庫に逃げ込んでいた形跡を僕自身が見つけていた。
しかし相手は鹿。親や仲間が死んで一人になっても、他の群れに合流すると聞いていたので、他のグループが居る場所に何度も追い上げ、実際に群れの中に潜り込む距離まで行ったのを数回確認した。
しかし、それでも次の日に行くと降りて来ている。
毎日正確に同じコースを、きっちり一時間かけて摂食して歩き、反芻に入る。
次第にロケット花火も、脅し弾も効かなくなってきた・・・

心臓に弾を撃ち込まれて、ゆっくりと静かに脚を折って地面に横たわりながら、何とも言えない目でじっと僕を見ていた。しかし他の鹿が死ぬ時の様な恐怖の目ではなく、むしろそこに今から眠りにつくかの様な、安堵感、安心感、感謝の様なものを感じたのは、いうなれば僕の望み、はかない望みだったのだろうか。


先日、地元の猟師が数人遊びに来た時に、去年の春に里近くで僕が見つけた、メスの小熊の毛皮を見ながら、死んだ理由が話題になった。

「これは二年目の仔だな」
「だろうで。でも小せぇから、冬眠以前に親が死んじまったんだろうで」
「でも、それだったら春まで生きとらんでしょう?」
「いや、親が居なくても冬眠までは出来るんだ。で、起きてから飢えて死ぬんだ」
「ふ〜ん、そうなんだ・・・」


ウリボウが迷っていたので捕まえて山に離しました、一件落着・・・、というニュースを聞くと、神戸に住んでいた時は美談に思っていたのだが、ここに住んで色々と見てきた今では、「あちゃ〜、むごいことを・・・」と思う。


最近、図書館で「サル対策完全マニュアル」(伊沢紘生/宮城のサル調査会・どうぶつ社)という本を借りた。たいして期待していなかったのだけど、第一章が非常に面白くて引き込まれた。この著者が言わんとしていることは、趣旨としては僕が理想としていることに近かったので、我が意を得たりと、むさぼるように読んだ。残念ながら手法としては全く確立されておらず長期的な実証も無く、現在は机上の空論の様だ。
僕にとっての鹿と同じで、著者はサルを観察するうちに彼らを深く愛してしまったのだろう。
文章と理念から、それは痛い程分かって「わかる、わかる」と著者に酒でも送りたくなる。

いくつかをここに抜き出してみる。

・・・・・・・・・・・・・・・

「田畑や民家や車の行き交う道路の無い奥山は、人里で生まれ育ったサル達にとっては、もはや魑魅魍魎の住む異界でしかない。サルがそうなってしまった後の、被害防除のため残された唯一の手段は、誰でもわかるサルの駆除であり、その結果が毎年一万頭もの銃殺なのである。」

「その群れに一刻も早く人里から奥山へ戻ってもらう為の捕獲頭数であり、彼らに野生の尊厳を取り戻させる為の、彼ら側に強いるぎりぎりの犠牲者なのである。すなわち、人間の都合による一方的な駆除では無く、サルの側に立ったサルの傷みだといえる」

「射殺によって壊滅的打撃を受けた群れは、あるいは消滅したかもしれない。もし消滅していたら、そこに間違いなく隣接群が進出して来ているだろう。消滅していなかったら、あっという間に元の頭数を回復しているだろう。これが駆除という行為後の全国各地の実情であり、どのみち、果てしないいたちごっこである事に変わりはない」

「したがって、群れのサル一頭一頭を十分に観察し、個体識別して、農作物被害の頻発を主導しているサルを選び抜いて撃つといったことは、どの自治体でも実施されていない。また、もし自治体が猟友会にそうするように依頼し、彼らが個体識別した特定のサルに銃口を向ける事など、心情的に更に出来がたくなってしまうだろう。」

「そんな事をこれからも延々と続けていくとしたら、野生のサルにとっても、共に日本列島で生きてきた私たちにとっても、あまりにも不幸な事だとしか言いようがない。今こそ私たちは、群れごとにどうしても駆除しなければならない個体を特定し、そうしたあと群れがどうなったかを追跡調査し、その効果を真に科学的に測定し、より効果的な捕殺のあり方を見出す努力をすべき時だろう。」

「すなわち最終目標(長期的目標)はサルの野生の尊厳をどこまでも守る事であり・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

もし、これが今後の駆除の理念足りうるのであれば、それはどれだけ良い事か。
著者は熊森などでも講演をされている様子だが、どうしようもなく問題な群れに関しては、徹底的な駆除が避けられないことも書かれている。その際に、共存出来るかの様な幻想を、ちらっとでも地域住民に見させてはならないとも書かれている。
要は、問題個体、群れを作り上げる前に、役所が方針を固めるのを待っていては既に時が遅く、それ以前に何とかしなければならないという事だ。


僕ら猟師が、自分で考えて動ける様になる様、各自の猛勉強と観察と、情にとらわれない客観的な評価能力が必要になるという訳だ。


さて、同士達よ。君たちは今、何をすべきなのか。
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by oglala-beads | 2012-04-06 11:45

神戸に帰省した話5〜癒し〜

昨日まで躊躇無かったことが、守るべきものが出来たり、命を惜しむ経験をして、躊躇する様になる。
時々、そういう経験をしたハンターから御礼を言われる。このブログが心強かったと。

一方では、仕事の話が透けてみえてしんどいと仰る公務員の方が居た。
もう少し「工房雑記」や「アシスタント日記」というタイトルを大きく書いた方が良いかもしれない。


こんなに人の心は変わりやすいかと驚くが、僕が猟を始めた4年前は、生き物を殺すというだけで人非人扱いされることが常だった。
ここ最近は、獣害が盛んにメディアに取り沙汰されている反映で、ヒーロー的に扱われる事すらある。

その4年前。初めて自分で撃った動物は、今にして思えば楽に死んだ方なのだけど、当時の自分にとっては、自分のすべてを打ち砕くに充分事足りる、断末魔の悲鳴の中で死んでいった。
焦った僕は、その小さなイノシシが息切れるまで何発も弾を撃ち込んだ。
これほど死ぬまでに時間がかかるものだと思っていなかった。

弱った人を前にした大衆の無慈悲さを知った。骨の髄までしゃぶる様に、更なる不幸を求める。
川の様なウジの流れが去った後には、血の染みがついた毛しか残らない。その毛もいつか、美しい小鳥がやってきて、私の巣の材料にどうかしら?と思案されることになる。

そんな折り、前々から仲良くしてくれていたお寺のお坊さんに、彼岸のお参りの際に「真言宗では殺生は地獄行きだよね。でも人任せにしないで自分でやってることで地獄に行けって言われるのなら、行くけどね。でも本当に殺すのって辛いんですよ。でも、やめたところで誰かに代わってやってもらっていることに違いはなくて」とボヤくと、思ってもみなかった答えが返ってきた。

「私は岡居さんのこと、羨ましく思います。そういう経験を重ねて、生命の根源や、むしろ本当の悟りに近づこうとしている。地獄に行くとすれば、革の鞄や靴を持っていながら、岡居さん達を糾弾する人達ではないですかね。私は、得難い経験をされている岡居さんのこと、羨ましく思います」

普段そばで僕の苦悩を見守るしかなかった配偶者と、泣いてるとも笑っているともつかない顔をベトベトにして、手を取りあって、声にならない声でうなずきあうしか出来なかった。

今回の神戸への帰省はお彼岸のお参りの為だったのだけど、そのお坊さん、鳥取さんが久しぶりに来てくれた。

仲がいいから、由縁があるから、ではなくて、この人のお経は心を突き抜けて魂に沁み入り、即身成仏というと少し縁起が悪い(?)が、世界が妙に黄昏れ色になって色々な方向に身体が引っ張られたり縮こめられたりする。やがて身体が何だかよく分からないものになり、ソファーに座っているのを座面近くのよく分からない存在が眺めている様な状態になる。気がつくと身体を丸め、膝の上に置いた手に頭を付ける様なカタチになっている。ちょうど胎児の様な。
今回は特にそれが強かった。
これはいったい、何?

「私は随分と寂しくなりました。ついに肉親が一人も居なくなってしまいました。皆、私を残して去ってしまいました」

喪失の悲しみを知るものだけが、人のその悲しみを癒す事が出来る。彼のお経で無垢に近づく事は、何も不思議ではなかった。

同じ苦しみを新たに持つ誰かが、また明日、このブログに導かれて来るかもしれない。
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by oglala-beads | 2012-04-04 20:53

神戸に帰省した話4〜水上に行った話〜

4月1日は師匠の結婚式があって、群馬県はみなかみに行って来た。
福知山から高速バスで梅田。これが阪急三番街に着くので、次の群馬高崎行き夜行バスが出る難波OCATまで地下鉄で移動。
みなかみで結婚式までの間に山を歩こうと思っていたので、家から既にオレンジのウィンドブレーカーと黒長靴という出で立ち。完全に浮いている。
ところがエスカレーターで偶然前に乗っていた、えらいオシャレな男の子が、うちのチェイン(マムシ)を着けていて多いに驚く。と同時に今の服装に自信を持つ。
それでもやはり人の多さに目をまわしかけ、都会で暮らしてたんちゃうんかい!と自分を叱咤しながら路地に逃げる。ネズミが居てほっとする。

式は、今まで見た事無いぐらい盛大で驚いた。
師匠の人徳だろうけど、参加者160人って、僕の時の実に4倍だ。
関東の人に対する苦手意識でどうしても周囲の人と喋る事が出来なかったのだけど、師匠や仲間が気遣ってくれて、とても楽しかった。その晩のうちにまた夜行バスに乗って大阪へ。昼に福知山に着いて駐車場に停めた車で但東へ。
やっぱり疲れていたのだろう。布団に入った途端に金縛りにあって笑ってしまった。


自分自身で猟をする様になって、初めて入った水上の山。ゾクゾクするぐらいに面白かった。最初は「こんなんライフル無いと難しい」と思ったが、黒木(杉や桧などの常緑樹)がこちらほど無く散漫に固まっているので、読みやすい。
とは言っても僕のやり方だと、ここでは一度使ったら多分次はもう通じない。一発勝負で一カ所ずつおさえていく事になる。または完全な忍び猟だ。いずれにしても非常に技術が必要だ。
鹿自体は、黒木の中だけで見ると但東よりも多い。ただ山の8割近くを落葉樹がしめているので、分散すると圧倒的に少ない計算になる。糞が非常に大きい。
メスも木の芽を食べている。笹が関西と違いアズマザサが中心。落葉樹はクヌギ、ニセアカシヤ、ホオノキが多い。こちらでは少ないキハダの大木などもあった。

兵庫とどっちが面白そう?と聞かれたら、間違いなく水上だとは思う。純粋に猟の醍醐味と駆け引きなのだけど、地元但東では猟というよりは仕事だし獣害を減らす責任の方が重いので、楽しいとはまず思えない。多いとはいえ範囲が広すぎて的が絞れないということもある。

ということで来年は群馬で狩猟者登録をして挑戦してみたいが、課題は大阪界隈をどうやり過ごすかだなあ。
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by oglala-beads | 2012-04-03 14:55