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神戸に帰省した話3

「岡居さん、道で鹿が死んどるわぁ」

放っておいたら、行政と契約している業者がやってきて片付けてくれる。でも、どの鹿が死んだのかを見に行った。

道路を渡るのにも必ず理由があるので、鹿にしても、熊にしても、タヌキにしても、だいたい同じ場所でひかれている。
だいたいと言うのは、その動物によって、道路を渡る寸前のアプローチが違うせいで、熊の様に斜めに切るのもいれば、鹿の様にしばらく車道に沿った後で一気に横断するのも居る。

常に観察しているので、村のほとんどの鹿は顔馴染みだ。だから、こういうとお叱りを受けそうだが、理屈ではなく、一人一人との思い出が去来して、今は物言わぬ屍になった知り合いを見下ろして、ちょっと胸にくるものが必ずある。

今日死んだのは、なかなか賢い肝っ玉母さんで、鹿にしては読めない存在だった。
突然村に出て来ては非常に大胆に庭木を食べて行くのに、こちらが警戒しはじめるとピタっと来なくなる。
オスの特徴を持った糞と、メスの特徴を持った糞とを同時にするヤツで、歩幅と沈み込みの割にはヒズメの小さな子だった。

不思議なのは、そんな事を思い出しながら解体を始めると、ナイフをちょっとでも入れた瞬間から、そういった思い出が吹き飛んで、それは単なるモノになってしまう。
切り落とした頭を、ポーンと蹴る事すら普通に出来る。


そんな僕だから、頂いた命を可能な限り有効にとは考えていない。結果的にほとんど捨てている場所は無いけれど、それは単純に自分に必要なものだから。
「有効活用」という言葉を聞いて、いや分かるんですよ、いつも思うのは、飽食の極みにある人が、更に食を追究するよりは、日々が飢えとの戦いの野生動物の糧となる方が有効活用なんじゃないの?と。
それは餌付けだと人は言うけど、放っておいても一つの生き物が死ぬ事は確かで、山で、その肉体を他者の血と肉に回してゆくのは同じ事、と。

昨日までの仲良しをバラバラに切り刻んで、村から離れた、見晴らしの良い場所に置く。
なんせ重たい。
コイツとの思い出は確かに心に残っていて、それはとても良い思い出だったりするのだけど、その重さに閉口して、ボーイと投げ出す。
あっという間に、近辺のカラスとトビがやってきて、黒山になる。
春先のこの時期、それは本当に凄まじい数が集る。
各自、ある程度食べたら、肉の固まりをちぎって、一直線にどこぞへと立ち去る。そしてまた急いで帰って来る。
明石海峡大橋の建設現場でガードマンのバイトをしていた頃の、生コン車を思い出す。


え?明石海峡大橋が出て来るから、神戸に帰省した話の3なのかって?いやいや違いますよ。
全然神戸が出て来ないじゃないかって?ええ、出て来ないですけど、この話はまさに神戸に帰省した話、なんです。
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by oglala-beads | 2012-03-28 18:38

神戸に帰省した話〜2〜

灯りがついたのを感じて目が覚めた。
目を閉じたまま、あちらこちらに仕掛けてあるセンサーライトのうち、どこのセンサーが反応したのかを瞼の中で探す。
徐々に目覚めて来る五感で情報を集める。
非常に敏感な2匹の犬が反応していない。
温かい。
呼吸は楽。
空気が乾燥している。
匂いの情報が無い。
寝足りた感と空腹感=4時15分頃
川の音が聞こえない=積雪が多い。
空気の流れが少ないが僅かな流れ=何かが移動している。
圧迫感がある=第三者が居る。
足下左が明るい=対人用のセンサーライト。
右手で護身具をまさぐるが、いつも必ずある場所に無く、コロの尻尾以外手に当たらない。
左目は暗さに慣らしておくため、右目だけをそっと開ける。
眼鏡を常にかけて寝ているのでハッキリと見える。
・・・?
ああ、そうだ、神戸のマンションだった。
隣の部屋の母がトイレに行ったのだ。

起き上がると、この時期だというのに窓は結露している。真冬でもTシャツで居れるはずだ。手で雫をどけると、アパレルのワールドの本社が見える。雨が降っている様だが、8階の窓をうつ雨粒の音さえ聞こえない。


神戸に帰省した話〜つづく〜


昨夜は動物の動きが妙で、何か怖がっている感があった。
なるほど。今日はこんな感じだった。
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by oglala-BEADS | 2012-03-25 17:41

神戸に帰省した話〜1〜

正月以来で神戸に戻った。「ああ、あの喧噪の中に行くのか」と考えると胃が痛くなるものの、舞鶴道を南下しつつ陽の光を浴びていると次第に気分が明るくなってくる。

冬の山陰側には「山陰鬱」という病気があって、外部から来る人が大概かかるらしい。冬の間の極端に少ない日照時間によってなるらしく、僕も最初の年は「なんでこんなに」と思うぐらい気分が塞いだ。その際に「あ、それ山陰鬱」と教えてくれた人が居たのが相当救いになった。

雪かきが一段落した時期に、仲良くしている喫茶店のモーニングに久しぶりに行くと、普段明るいマスターに生気が無く、俺もうおかしくなりそう・・・誰も来んし・・・と危ない空気が流れていた。

「卵一つしか無いねん。ええかな?」
「うん、前の健康診断で僕、コレステロール高い言われたから・・・」

その時に僕らが行ったのが余程嬉しかったらしく、以来何だかとても間が近くなった。
その日からマスターも明るさを取り戻して、今では大賑わいで、本当に嬉しい。
今冬、豊岡は過去最低の日照時間だったらしい。

ポートアイランドのマンションの回りで、但東では見慣れない笹が植栽にあったので調べるとカンチクらしい。
また有馬街道沿いにはネザサとメダケが交互に生えている様な感じがあって、それが、この地区で駆除を受け持っていた時の経験に照らすと、どうもイノシシの出没箇所と関連ありげに思えた。

ワールド界隈では相変わらずチョウゲンボウがカラスと戦っているし、南公園上空を見ているとミサゴがボラの頭を進行方向に向けて六甲山方面に向かっている。ゴミ焼却場界隈の空き地ではヒバリが飛び上がり、やっぱりチョウゲンボウが煙突の下にとまっている。

人口島は人口島で、なんだかんだと面白い。それになんだろう?43歳にして開眼したとでもいうのか、受け入れるでも拒絶するでも無く、ただ流れに乗ることを心がけると、都会でも意外にストレスが無いもんだな、と気付いた。
「これ、何の樹だろう?」と思ったらプレートがかかっていて名前が書かれている。

「図鑑が要らない。ハハハ。面白いもんだ」

と、機嫌が良かったのは着いた日だけ・・・

帰路、但東が見えてきた車中で、「よっぽど但東が合ってるのね」と配偶者に笑われた。



今日、但東の友達と電話で話していて、アナグマの話になった。

「日本でみると、アナグマは珍しいらしいで」
「らしいな。でも、いっつも家の前、おるで」
「いっつも?」
「うん、いっつも。子供らが”可愛い”言うとるわ」
「ズングリしとって可愛いわな。逃げへんし」
「けど、可愛い言うとれんわ、家の中入って悪さしよるし」
「え、マジで?それネコちゃうのん?どんなことしよるん?」
「仏壇に供えてあるもんワヤにしたり」
「食べよる?」
「いや、食べんとオモチャにしよる」

ははあ〜、確かにアナグマだな。

「但東はさ、他と比較すると、ウサギも多いらしい」
「ウサギ?そんな見んで」
「うちの地区はようけ増えとる。そっちかて、この前見たらようけ跡あったよ」
「まあ、稲刈りしとったら、ピョンピョン出て来よるけどなあ」

うちより多いやん。




「神戸に帰省した話」つづく
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by oglala-BEADS | 2012-03-24 20:51

Bear claw necklaceに関する御礼

****〜お知らせ〜****

明日21日より23日までお彼岸の休暇を頂きます。その間もご注文はメールにて承りますが、在庫が限られている商品は先着順であり、確保出来たか売り切れだったかのご連絡は24日以降になります。ご諒承下さい。

**************

この度はBear claw necklaceへの多数のご注文を頂き、誠に有難うございました。
もともとの数が少ないのももちろんあったかと思いますが、お陰様で、実質10分ほどで行き先が決まりました。
その後もご注文が続いたので、急遽、いくつかの手持ちの熊の脚をバラすことにして対応させて頂きます。まだいくつか対応出来そうなのでよろしくお願いします(bear claw necklaceについて詳しくはこちら)。うちで死蔵してしまうより皆様のお手元に行き、一緒に今後の動物との共生を意識して頂くマークになった方が、ヒトの為でなく動物のための”有効活用(イヤな言葉ですね)”になるのではないでしょうか。

今回頂いたご注文で、面白かったのが、結構な割合の方が自然や野生動物に何らかの形で関わってらっしゃる方だったこと。これは、確実に弊社、そして弊社の支持層が変化してきていることをあらわしています。
前々から、アウトドア好きな方に熱心なファンの方が多かったのですが、正直「なんでなんだろう?」と疑問だったんです。思えば当時は鞣しやら猟やらしながらも、自分自身が自然から遠いところに居たのかもしれません。
それがこちらに住んで、自分のどんな小さな一挙手一投足でも、すべてが野生動物に影響を与えているのを毎日見て、嫌が上にも共生系というものを意識せざるを得なくなり、そういった方達がOGLALAのどの部分に魅力を感じて下さっていたか、よく分かる様になりました。

「共生系」という言葉を書きましたが、これは正にラコタ族が言うところの「ミタクエオヤシン」all my relationships、”すべてのものは皆繋がっている”、ではないでしょうか。

もともとラコタ族の工芸も、その思想のもとでの暮らし、共生系との暮らしの中から生まれていました。
現在のうちのアクセサリーも、まさにその共生系の中から生まれています。
山を手入れし環境を作り、動物を間引いてそれでアクセサリーを作る。
きっと今のOGLALAからは、そうした匂いがプンプン出ているのでしょう。

これは、ファッションアイテムであるアクセサリーとして見た場合、マイナスとしての要素の方が大きい様に思われますが、元々のラコタ族のアクセサリーとして見た場合は、より一層、居留地に入る前の、昔のラコタ族のアクセサリーに本質が近づいたということだと思います。

今回の結果から、非常に大きなことを教わった様に思います。
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by oglala-beads | 2012-03-20 18:14

Bear claw necklace発売のお知らせ

ツキノワグマの爪のネックレス。ついに販売します。数は2つ。badger claw necklaceと同じ細工を施します。色目は着用者の希望を叶えるオーダーメイド。希望色を聞いて制作します。価格は15000円です。御希望の方はこちらまでご連絡をお願いします。

バジャーの爪との大きさ比較。
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左が未処理のカナダ・ユーコン産の大型バジャーで、右が処理済みのツキノワグマの爪。
処理後はだいたい同じ長さになります。
badger claw necklaceに使用しているアナグマは、穴を掘って生活しており特別ツメの長い動物で、さらにカナダの一番大きなクラスの個体のものなので、驚く事に日本のツキノワグマと大きさが変わりません。日本のアナグマの倍ぐらいの大きさです。
一方、ツキノワグマは木登りをするのに、その体重をささえないといけないので、厚みのあるしっかりしたツメです。



「商品に使って」と、ツキノワグマの爪を3つほど頂いたのは、僕が鉄砲撃ちになる前なので、4年以上前だったと思います。
下さったのは、ブログ「工房雑記」にも度々出て来る、猟関係の師匠の阿部達也さん。
群馬県利根郡のみなかみ温泉の高級料理旅館「尚文」の板長です。

彼との出会いは、もう6〜7年前。SNSのミクシーでした。当時僕は、ラコタでよくモチーフとして使用される熊について勉強していました。
5本指の足跡模様と4本指の足跡模様のものがあったり、それ以外にも、熊の習性が分からないと何か一つ模様を作るのにも難しかったのです。

例えば、熊の「foot print」ではなく「track」。これらは日本語では共に「足跡」と言われますが、前者は「一つの足によってつけられた跡」であり、後者は「長く続いた一連の足跡」のことをいいます(「アニマルトラック&バードトラック ハンドブック」今泉忠明・自由国民社より)。

二本足の我々の考えでは、foot trackというのはまさに人の足跡の様な互い違いのものなのですが、4本足の彼らの場合、4つの足の運び方によって、非常に規則的だったり、不規則的だったり、また前脚の跡を後ろ脚が綺麗になぞっていたりと、動物の習性によって様々です。また骨格の形によって、trackがほぼ一直線だったり、右と左の幅が広かったりします。

どうです?一つの模様を作るのに、その動物の習性まで知る必要があるのか?とよく聞かれますが、それを知らないと例えば「Bear track」という柄ひとつ満足に作ることができないこと、理解して頂けましたか?

それ以外にも、先程上の方で書いた、5本指の足跡模様と4本指の足跡模様がある話。これは前述の書籍にも触れられておりますが、クロクマ類は前脚の第一指をハッキリと地面に付けない事が多いのです。ツキノワグマもそうなのですが、アメリカクロクマは特にその傾向が強いそうです。
つまり、グリズリーが多く生息しているエリアの部族が作ったfoot printは5本指。アメリカクロクマが多く生息していたエリアの部族が作ったfoot printは4本指だったのではないか、という仮説を立てることが出来ます。

更に基本的に言うと、それらの模様はbear paw(熊の手のひら)模様ではなく、bear foot print(熊の足跡)模様だったのではないか、との仮説を立てることも出来ました。

僕はそれらの仮説通りに自分が使うべき模様を制作しています。
また、それら仮説から、各部族に伝わる熊に因んだタブーや慣習の存在を見出す事も出来ました。


話が本筋から外れましたが、熊についての勉強をしてゆく中で、ミクシーの熊に関するコミュニティーで、若い師匠が(年齢的には師匠は僕より10ほど下なのです)大きな熊を手にニッコリ笑っている写真を見ました。
縁というのは面白いものですね。何かピンとくるものがあったのでしょう。「よい写真を見せて頂き、有難うございました」と送った一通のメールが(僕は大概、よい本などに出会えた時には、その作者に御礼のファンレターを書きます)、その直後に師匠からの生皮の提供で鞣しに繋がり、更には考えもしなかった、自分自身が鉄砲撃ちになる事に繋がったのです。

師匠からしても、色々な方から来るメールの中でも、僕から来たメールに何か感じるものがあったらしく、最初から本気で接して下さり、命がけで獲った熊の生皮を下さったり、色々な示唆を下さいました。
特に、初めて見た猟が師匠の猟だったことは、僕にとっては本当に幸運でした。それは甘えの一切無い、5感の隅々まで研ぎすまされた真剣勝負で、やるかやられるかの世界でした。

彼はまた、レジャーとは違い、納得のゆく食材を求めて山菜をとり猟をし、その恵みに感謝を忘れません。真摯で常に研究を怠らない姿勢で、フランスの3つ星レストランのシェフが研修させて欲しいとわざわざ来られる程の腕前。鉄砲を撃たせれば、何年も連続での群馬チャンピオンの経歴を持ちます。
フキをとるとなると、より良いものを求めて、誰も上がらない高地まで脚を運び、熊と取り合いをしてまで良いものを収穫してきます。


そんな彼からは有形無形問わず、沢山を頂いたのですが、その中にあって、今回アクセサリーとして使う事になった熊の爪は、ちょっと困ったものの一つでした。

ツキノワグマは、以前と比べるとだいぶ数が増えてきたとはいえ、まだ狩猟禁止にして保護している地域の方が多い動物。もらいものとはいえ、あまりに安く出すのも気が引けます。かといって正当な制作の対価以上のプレミアをつけて、それを僕が着服するのはもっと気が引けます。
そしてもっと根本的に、これは恩人とも言って良い師匠が命がけで獲った熊の爪。

自分の苦労はどれだけでも安売り出来ますが、尊敬している人の苦労を安売りする事は非常に難しく、かといって理由の無いプレミアをつける事も僕には出来なかった。
よってこの爪は長い間、保存液の中で、日の目を見ることはありませんでした。


それを今回使うことになったのは、実は今月末にその師匠の結婚パーティーが水上であるからです。
そうだ、熊に水上に連れて行ってもらおう。お金が無い訳では無く、熊で出会った我々。安売りすることも、理由の無いプレミアでも無い。

そこで、その師匠から頂いた3つのツキノワグマの爪をネックレスにすることにしました。
基本的には先頃の再販でも人気だったbadger claw necklaceと同じ細工を施します。ただ、ビーズの色目はオーダー下さった一人一人の方の御希望をうかがい、特注とします。

3つのうちの一つは、先行で案内させて頂いたミクシーで一つ予約が入っておりますので、残り2つです。
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by oglala-beads | 2012-03-19 19:32

別れの季節

公務員の移動の時期。
鉄砲ぶちをしていると、安定的な生活とは無縁の僕にも、色々と影響が出る。

こちらに越して以来、随分とお世話になった警察の担当も移動が決まった。
ああいう移動は突然決まって突然居なくなる。

前任の署長も、昨日まで「こんど一緒に二眼レフ持って撮影に行きたいですね」なんて言っていたのが、気付いたら居なくなっていた。彼はうちの商品のファンで、こんな時計バンドを作らせて頂く程、目をかけて頂いていた。
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お世話になった担当さんにと、色々と考えて、鹿の角でキーホルダーを作った。
扱いが決して丁寧そうに無い人なので、鹿角を掘り下げて、さらに16号のマイクロ・ビーズを使うことで、ビーズ面が出っ張らない様にした。
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なんていうのか。
もう会うことも無いのかもしれないけど、お元気で。
色々な思い出を、紡ぎながら作る。
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by oglala-beads | 2012-03-18 23:15

バカは幸せ

去年度一年間の止め刺し代が、役場から振り込まれていた。そうそう期待してはいなかったのだけど、口座を確認した配偶者が絶句していた。それを見た僕も絶句した。去年度の止め刺しだけで、俺はこんな沢山殺したのか。
半分を貯金に回し、その更に半分ずつを配偶者と僕とで分けた。そして欲しいものは色々あったが、僕は植物や蜂の図鑑等の購入費にした。いずれも、今後の彼らの子孫との共存の場所を作り上げる上で大切な資料であり、それを彼らの命を奪う事によって支払われた税金を充てる事は非常に良い具合であると、一人で悦に入った。


僕に少なからぬ影響を与えた友人が、「岡居さん、考えだしたら終わりですよ」と言っていたのを、折にふれて思い出す。本当にそう思う。
考え出したら考え抜かなければ納得出来ないし、それで考え尽くしても、考えられることなんて、非常にチッポケなものだ。

少し前、テンの糞に小さな種が沢山混ざっているのを見ていて、これって何だろうかと、ふと疑問に思った。消化された後の種なので、かなり調べたり詳しい人に聞いたりしたのだけど、誰にも分からない。
それで配偶者に協力してもらって、テンの行動圏界隈の地面に落ちていたり樹についていた種を徹底的に集めて、ようやくそれがウルシ科のハゼノキのものであることを確かめた。
図鑑で見ると「ロウを含んで高カロリーな実は鳥達に大人気」とあった。
ハゼノキは、葉のあるシーズンに生息場所をメモしていたので、ミクシで書いてる日記の「覚え書き」でその糞のあったテンの行動エリアと重ねてみると、ピッタリ一致した。
それが、先日宮崎さんが来られた際に一緒に山際を歩いた時、糞の中味が変わっていて、落ちている場所も微妙に変化している事に気付いたので、慌ててハゼノキの実をちぎって中味を確認すると、ロウ状の物質が干涸びてしまっていた。
高槻先生の本を読んでいると、春先の寒の戻りの時期が、動物達にとっては一番大変な時期で、鹿が多く餓死するのも、最も寒い時期ではなく、雪が溶けて緑が見えたこの頃だ、と書かれてある。なるほど、と納得した。

山の手入れのために、伐った方が良い樹林帯があるのだけど、そこはかなりの割合でハゼノキが多い。今にして思えば、その界隈は野鳥、特にヒヨドリが多かった。
人の利益の為には伐るべきなのだけど、餌の少ない時期の彼らの貴重な栄養源と知った今、さあ、伐るにはちょっと思案が要る。
何が喜んで何が困るのか。
何が増えて何が減るのか。
考え始めると怖くて伐れない。
いやしかし、そもそも、そこを考えて行動する必要があるのか。
無意識の人々の日々の営みに合わせて、野生動物は生活を自分達で調整し、綿々と共存が出来てきたのではないのか。
考えないからこそ、特定の種が栄えたり滅んだりを抑制出来てきたのではないのか。
う〜ん、だとしたら、考え始めてしまった自分はどうすれば良いのか。

知識って、いったい何なのだろう。無駄な、むしろ厄介なものなのなら、学者さんにだけそれを押し付けて、我々はそれを知るべきでは無いのか。

バカは幸せ、という言葉を聞いた事があるが、最近それをツラツラ思う。
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by oglala-beads | 2012-03-15 21:43

種まく人

先日、写真家の宮崎学さんにお越し頂きました。
宮崎さんのウェブを見ていていつも「こんなに紳士で、優しい人、他にいないよな」と配偶者と話していましたが、実際にお会いして、よりその思いを強くしました。対人関係に関しても、自分から不要な争いを避ける、まさに熊の様な方でした。

熊も、山の中で色々な事を教えてくれる様です。「様」というのは、僕自身がまだその教えを受け取れる程までいっていないからです。宮崎さんも、誰にでも、分け隔てなく、しかも、甘やかすでも、突き放すでもなく、本当に必要な力、自分で考える力を養える様、いくつものキッカケを提示して下さっています。

「あの人がいなくなってしまったら、どうなるんだろう?」と配偶者は言います。
写真というメディアは、湾岸戦争以来力を失いましたが、ここにおいては最強のメディアだと思います。宮崎さんも、自分亡き後を憂いて、次を育てるために種を撒き続けてらっしゃるのかもしれません。

でも、どれだけの人がそのメッセージを受け取る事が出来ているでしょうか。宮崎さんの「お前ら、そこまで出来るなら、動けよ、動いてくれよ」という悲鳴が聞こえてきそうです。

「若い頃に戻りたい」と仰っていましたが、誰も、投げかけたパスを受け取ってくれる人がおらず、自分自身で受け取らざるを得ないのか、という失望に近い思いにも聞こえました。

ジョニー・アップルシードを思い出してしまった。

頂いた種を一つも無駄にすることなく、立ち止まらずに、自分自身のルートで前に進み続けよう。今回宮崎さんから頂いた一つ一つの言葉は、多分僕が死ぬまで思い出し続けると思います。
膨大な数の種を、僕の中にも残して下さいました。
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by oglala-beads | 2012-03-12 12:17

スズメバチの社会

カレンが薮の中で一生懸命地面に首を擦り付けている。この子は死体だとか糞だとか、悪臭を発するものにこういう事をする習性があるので配偶者が慌てて呼び戻した。見ると首回りが真っ黒。
「なんやったんやろう?」
「匂ってみ」
場所的に心当たりがあったのだが、うながす。
眉をしかめながら、腐敗した様な臭い、という。
「なんやったん?」
「タヌキの貯め糞」
言葉にならない声で罵られる。
腐敗臭か。
数日前からカラスがよく鳴いていたが、その中に巣作り時期とは違う鳴き方が聞こえていた。
どの鹿が死んだのか、白骨になる前に見に行かなければ。


スズメバチに関する勉強をしている。現在読んでいる本は「スズメバチの逆襲」というもので、何となく不真面目なタイトルの印象と文庫というところで期待していなかったのだが、これが研究者レベルの知識が無い自分には非常に良くて、没入して噛み砕いて読みふけっている。
話の腰を折る様な小単元の入り方がなく、目の前に情景の浮かんで来そうな絶妙の文章によって、まるで自分がスズメバチになって産まれてきて一年を過ごしてゆく心持ちになる。本を閉じた時にはいつも斜め上を向いていて、溜め息が出る。
そして風呂の天井をボンヤリと眺めながら、いつも思う。
彼らの一生をかけて作り上げる、その社会のこと。巨大な巣。非常に高度にシステム化された各作業。
それによって、では何を残すのか、というと、数匹の来年の女王蜂達。たったそれだけを産み出してゆく為に、あれだけ壮大なシステムとコロニーを作り上げる。
もっと単純に出来るのではないのだろうか。あの巨大な巣は翌年使われる事も無い。その年だけで破棄されるだけでなく、そこで産み出された女王の越冬にも使われる事は無い。
たとえば、そのシステムの中に組み込まれる事無く、誰か新しい生き様を見つけ出し、もっとシンプルにオス蜂と新女王を産み出して次世代を作る者が現れたとしたら、リチャード・バックのイリュージョンの中の逸話の様に、あれは救世主だ、と呼ばれるのだろうか。

自分の足跡も仕事も、いつか風化して跡形も無くなる。どんな大きな事を成し遂げたものでも、無駄死にといわれたものでも、残るのは個々では無く、人類としての遺伝子だけか。

それだったら楽に生きれば良い様な、それだからこそ必死で努力した方が良い様な。

そんなことに、思いを巡らせながらも、やはり風呂でしか本を読む時間が無い生活しか出来ないだろう。










OGLALA商品のお求めは、各取扱店またはOGLALA online shopにて。

新規取引等のお問い合わせは、こちらまで。
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by oglala-beads | 2012-03-06 20:03

近況

前々から、アメリカのある秘密結社めいた団体で、僕のアクセサリーがちょっとした話題になっているというのは聞いていた。僕の友人が所属している団体で、理念はよく分からないのだが、まあいわば本気のヒッピーの生き残りの様なイメージである。ローテクも信奉すればハイテクも信奉する。すごいのは各自が各分野で相当鳴らしている人達で、一流企業の創始者から、僕らの間では著名なハンティング・ガイドが居たり、ミュージシャン達の中には日本でもCDが普通に買える人も居たりする。

その友人から、僕と一緒に行動したがっている人達が多いので、出来たらアメリカに来て(定住して)欲しい、無理ならFacebookに登録して彼らと連携していって欲しい、と依頼があったのがもう一年以上前になるか。
興味が無かったし、当時は本厄だったので、他人にうつしたくなくて、新しい人との付き合いを拒んでいた。
それが、一月に後厄も明けて以来、ミクシも復帰したしFacebookもやってみるかな、と数日前に登録した。ただこれはアメリカの友人達との連絡用で使用言語も英語なので、ちょっと日本人の友達登録は遠慮して欲しい。僕の下手ウマ英語を見られるのも嫌だし。

早速、先日作ったCandy Pouchをアップしてみたのだけど、今朝コンピューターを立ち上げると、そのグループの人達からワンサカ、メールが届いていた。全部読んでいくと多分今日丸一日はかかるだろう。
そのうちの何通かを拾い読みすると、OGLALAの活動に参加したい、というインディアンの人(友人に聞いたのだろうが、残念ながらこの人はラコタではない様子)、商品が欲しいという問い合わせ、一緒に活動したい、というリクエスト(これは名前からしてユダヤ人らしい)等々・・・・

率直に言うと、ああ、やっぱりアメリカは楽だなあ、と、前々から分かっていた事なのだけど、(自分がやっていることが間違っていないことに)ほっとしたと同時に、痛い思いがした。

日本では、アメカジといわれる分野に分類されてしまうのだろうし、そのアメカジ界はある雑誌の動向によって動いていて、そこにお金を落とせるブランドだけが生き残っている。
僕の様な「理念の高い貧乏なウルサ方」は彼らにとっては最悪だろうから、露出するチャンスすら与えられない。
その雑誌のイメージ優先の紙面作りの結果、ナンチャッテとか〜風とかで本格的な物に誰もが手を伸ばしているから、皆が「物の魂」とか言う割には全く本質が理解されない。
でもそれも雑誌が売れない社会の鏡だから彼らが悪い訳でも無い。
悪い訳では無いから改善される可能性が無い。

インディアン・ビーズにしても、昔とは雲泥の差ぐらい、やる人が増えているが、どういう訳か「綺麗に作る」という風潮が盛んで、本質からはどんどん外れていっている。「こんな凄いの出来ました」ではお高いママさん手芸と変わらない。

まあ、人の事は置いておきます。

ともかく、僕は正直、アメリカ人よりは日本人の方が物の本質に迫れる素養があると思っているし、実際に何も分からないままOGLALAが好きと言ってくれるお客さんが多いのを見ると、それは間違っていないと思う。
でも、どうなんだろうか。人種による違い、なんてのは幻想なのだろうか。拾い読みした幾つかのメールでは、「ああ、分かってるなあ」と、嬉しくなってしまう言葉を簡単に見出す事が出来た。大切なのは心を鍛える事、というのが彼らにはよく分かっている様子。
アクセサリーには持つ人の魂が宿るから、制作者の人格や、どうやって殺された動物かが分かる等も含めて、不安を極力排除して自らを鍛えて生きるのが僕らの大きな仕事。

違うのは人種では無くて文化?

これも、考えれば考えるほど虚しくなるので、置いておきます。

ただ、久しぶりに「自分って、もしかするとこの人間社会にとっても必要な存在なのかも」と嬉しかった。
それだけ、あまりにも日本では無視され続けているんです。

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ところで、Facebookは今だ使い方も分からず大勢の人に迷惑をかけているし、面倒も多い。

でも面白かったのが、上の写真を貼った説明に、「僕は村のワイルドライフ・パトローラーです」と書いたのを(別にちゃんとビーズ作家と書いたのだけど)友人が、僕の新しい正式な職業と思ったらしく「あんたラッキーだわ」と羨ましがっていたこと。
いや、僕もそんな仕事あったら就きたいですよ。

実際は、村を歩き回って、今どこでどんな動物の活動が盛んになっていて、山にはどんな植生があって、それらがどのように繋がっているのか、というのを毎日観察しているだけ。
目的は、それによって来季にとらなければならない動物を決めたり夏の間に間伐しなければならない植物を決めたりすること。
それで得た観察から、来季はスズメバチがキーになると考えている。

追加として、毎日の観察のデーター(このデーターは毎日ミクシで一部の人と希望者に公開しています)を使って、村の動物マップを作る事。
自分の身近に、こんな動物が住んでいて、毎晩この辺りを歩いている、と知ったら、きっと野生動物に興味が無い人でも、興味が湧くと思う。
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by oglala-beads | 2012-03-01 13:53