<   2009年 11月 ( 14 )   > この月の画像一覧

ちょっとしたイタズラ

久々に作業日誌を更新。「Venetian Antique lighter sheath
ここ数日苦しんだ例のヤツだ。

沢山の有力な方が、方々の雑誌社等に声をかけてオグララの宣伝をしてくれた。だが、彼らには彼らの事情があって、取材には来なかった。何社かのメディアの人達が見に来ているのはipアドレスで分かっていたので、ここでも挑発することを何度も書いた。でも本当のところは、彼らの事情はよく分かっていたし、自分自身の事情もよく分かっているので、メディアを使う事は諦めていた。不甲斐ないメディアに出るのも嫌だったのは本当だが。
その中にあって、vibesの別冊の取材の依頼は本気なもので本当に驚いた。聞けば裏には僕が恩義に感じるに足るイキサツがあった。

取材後、今回の取材を働きかけてくれ、神戸まで来て頂いた植村さんから、lighter sheathの注文があった。
これが決定打。
今まで取材に来た人で、商品をオーダーしていった人は居ない。
オーダーを受けた事が嬉しかったのではない。自分にとっては、例えそれが誰からのものでも、全てのオーダーは等しく嬉しいし、同じ心構えで取り組んでいる。ただ、選ぶ材料等によって必要になるエネルギー等が変わって来るだけだ。
彼の仕事のやり方が嬉しかったのだ。

このスペシャル版には、お礼の意味も含まれている。
ただし、それだけではない。
この持ち主になる人は、取材でサウスダコタにも毎年行く。その際に是非身に付けていて欲しい。
そのうち、ラコタの見る目のある人の目に触れる事もあるだろう。作家の目に触れる事もあるだろう。
彼らに「こんなものを作るヤツがいるんだ」と恐れさせて欲しい。彼らなら、量産型の土台(通常のうちのライターシースと同じ型紙で同じ作り方)の上で遊んだ”余裕さ”が伝わるだろう。ちゃんと作品が胎動しているのも感じてもらえるだろう。

でも、それだけでもない。更には、彼ら、本当に大切なところを感じ取る能力のある人々の反応を見て、改めて僕の作品がどういうものかを認識してもらいたい。
僕の作品は、正直まだまだだし、足りない所の方が目につく。
量産型の作品の制作に追われている事情もあって、一点物の作品ばかり制作している他の(アメリカの)アーティストに、一生かかっても追いつけないのでは無いかとふと思う時もある。
だからこそ、自分は量産型の作品一点一点に命を吹き込んでいる。
そうして作られた作品は、アメリカのクラフト掲示版に投稿する度に大きな反響を起こし、何件もの引き合いが来る(このことからも、白人にも精神性というものを感じ取る力がある事が分かると思う)。
同じ日本人に、そういった反応を肌で体験してもらえると、ひねくれ者としてはかなり嬉しい。
ポーカーフェイスでうるさそうに報告を受けながらも、30分は機嫌が良いというものだ。
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by oglala-beads | 2009-11-28 17:20

墓をあばく

阪神淡路大震災の時は一ヶ月風呂に入れなかった。自宅で風呂に入れる様になるまでには2〜3ヶ月かかったか。
風呂の工事が始まってから、入浴は3日に一回ペースで、車で15分程の所にある市の保養施設の温泉に入りに行っている。
「神田川」に比べれば、物質的には随分と豊かなのだが、車で待っていたコロと3人、穏やかで静かな初冬の夜空が車窓を流れる。ラドン温泉で温まった身体が、町の灯りをうっすらと滲ませる。

百姓は土を見ると耕さなくてはいられないのだろう。工事を見に来ていた義理の叔父(大家)が、庭を畑にすると耕し始めた。猫を埋めた墓が隅にあるので伝えると、そこも掘るという。「敷地内に動物を埋めると良く無い」と言われると何も言えない。「骨が出て来たら山に捨てとく」というので(僕が可愛がっていた猫だとは知らない)、半年程前に死んだ三毛の墓を掘って、遺骨を回収することにした。
既に墓石は知らない間に撤去されていたが、大体の場所は分かるし、その位置の中で自分なら掘るであろう場所にシャベルを入れる。大体掘れたところで園芸用スコップに変える。細かい骨が、非常に綺麗な状態で出て来た。ちょっとずつ選別しながら掘り進むと、頭蓋骨などの大きな骨も出て来た。大体の骨を回収し終わる。非常に良い状態に白骨化していた。


庭を耕し始めた前の晩、三毛の夢を見た。
彼女は僕がここで一番可愛がっていた野良猫で、家に来始めたのは引っ越して来て一年ぐらいの頃だった。生後一年とおぼしき、非常に不細工な子猫を連れていたが、母子ともにガリガリに痩せていた。
この界隈の野良は、エサをやる人が多いので大概は痩せてもガリガリまではいかない。遠慮がちにそっと庇を借りている姿に、思わずご飯をあげた。数日後には、生後2ヶ月程と思われる子猫も連れて来た。それからは毎日、裏山から「ニャ〜」と鳴きながら走り降りて来ては、工房の前のガラス戸をカリカリした。でも絶対に触らせない。離れた場所でご飯が置かれるのを待っている。しかし連帯感というか絆は強く、他の猫がご飯を横取りしに来ると「追い払うのよ〜!」と僕を呼ぶ。彼女の眼差しで言いたい事はすべて伝わる。

一年後には彼女ら家族3人は全員よい具合に肥えた。その頃、下の子が事故で死んだ。

今年になって、「ファ〜!」と怒られながらも、ようやく一瞬だけ身体に触れる事が出来る様になった頃、急に数日姿を見なくなった。それまでも時折マムシに咬まれたり、スズメバチに刺されたりして来ないときがあったので、どうせそんなだろうと思っていると、ある日、お腹を大きくしてヒョッコリやってきた。
妊娠だろうと最初は思ったのだが、どうも様子が違う。毛並みが非常に荒れている。目の光が弱い。それからは日を追う毎に弱ってくるのが分かった。でも捕まえさせない限り、無理に捕まえようとはしなかった。彼女の望む様にしたかった。

数日後、昼間滅多に姿を見せない彼女が、大家が来ている時、ノソノソと僕の前に出て来た。これまでだと有り得ない事に動転したが、猫嫌いの大家の前で野良猫にご飯をあげている事を知らせるわけにもいかないので無視していた。大家は舌打ちをして石を投げた。
「病気みたいだからやめてあげて」とかばったが、重いお腹を引きずって必死に逃げて行った。その姿が今も目に焼き付いて離れない。どうして阻止しなかったのか・・・

翌々日、玄関で三毛が呼んでいる気がして、扉を開けると、そこに彼女が居た。扉を大きく開いて招き入れると入って来て、僕の足の上で腰を下ろした。すぐに牛乳を入れてやると呑んでくれた。しかし身体は痩せ細り、脱水しきっていた。毛布とカイロで温めながら医者に連れて行った。診断は先天性腹膜炎。絶対に助からない病気だった。

今までなら調子が悪い時は何も食べずじっとしていて癒えるのを待っただろう。でもその時ばかりはもうどうしようも無くて、最後の最後に僕に助けを求めて来たのだろう。彼女の「助けるのよ〜!」という声の無い訴えが、ずっと胸に残っている。

それから3日間、彼女は僕に看病させてくれて旅立った。掌から水を与え、トイレを変え、温かくして身体をなぜた。とても安心しきった顔をして、僕の手に頭をもたせかけて眠っていた。

もうこれは駄目だな、と死ぬ間際。
「よく頑張ったな。もういいから。俺がついている。怖く無いから。安心して眠れ。縁があったなら、また会おうな」と語りかけた。彼女は目を数回しばたたせて、眠りについた。そっと段ボールのフタを閉めた。


彼女の遺骨をどうするべきなのか。彼女が生活していた、裏山に戻してやるべきなのか。それとも、最後の最後に頼って来てくれた、おそらく世の中で彼女が一番頼りにしていた僕の側に置いていてやるべきなのか。
今朝から結論が出ないでいる。


数日前、しばらく姿を見せていなくて、死んだものと思っていた彼女の不細工な子供、通称ブサが久しぶりにやってきた。

今、工房前の窓には、そのブサの子供、ミケの孫であるチビブサとチビ三毛が毎日来ている。
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by oglala-beads | 2009-11-27 13:40

階段

個人受注分が大体仕上がる。現在、世話になった人に、ヴェネチアン・アンティーク・ビーズを使った作品を制作中。どういう訳なのだか、このビーズを使うと制作の苦労は半端ではなくなる。何度もやり直す等、実質的な苦労の他に、何故か毎回、絶対に素直に作らせてはもらえない。

今回もこの作品の制作中に叔父が亡くなった。叔父とはよく話したが、僕とは血がつながっていなかった。その遺族である息子は従兄弟であり、濃く血が繋がっているが話をした事が無い。父を知る人間が殆ど居なくなった。海図の無い船の様な心地だ。でも、ふと振り返ると、この船には大切な乗組員がいる。そしてこの船もいつかは僕という羅針盤を失う。
焼香の際にも、手を合わせていても、何を祈ったら良いのかいつも分からない。チベットの死者の書の様な枕経以外の経は、残された者の為の物と理解しているので、普段仏壇に手を合わせる時は素直に感謝の言葉が出るが、人を送る時の言葉が見つからない。数年に一度顔を合わせる親戚よりも、可愛がっていた猫を見送る時の方が「縁があったなら、また会おうな」と素直な言葉で送る事が出来る。

このアンティーク・ヴェネチアンに手間取ったのみでなく、猟期に入った事もあって、やはり制作ペースが極度に落ちた。エネルギーの配分をもっと上手く出来る様にならなければ本末転倒になる。


先週末の日曜も出猟出来た。階段を上る様に、一回一回、山に入る度に理解していっている。そして、恐怖を克服している。
師匠の自称一番弟子(タツさんは否定している)のゴンちゃんと話をしていて、「俺はそういう漠然とした恐怖って分からないんですよ。ここを滑ったら死ぬなあ〜とかは考えますけどね。そういう感覚羨ましいです」と言われる。
確かに重要な事なのかもしれない。山を歩いている時、突然に言いようの無い恐怖に襲われる事がある。そういう時は大概、動物が僕をじっと見ている。
あるいは、真新しい鹿の足跡を追って行く時、それが突然乱れる事がある。乱れさせたのは僕に違いない。「ははあ、ここで俺に気付いたな・・・」と思った時、自分自身も、後ろ、少し前の自分自身に追われている様に、いい知れない恐怖を感じて、振り払う様に歩き出す事がある。そうすると、しばらくすると、獲物を捕捉する。しかし、それを捉えて射殺する為には、まだ何かが足りていない。
学生時代、鬼ごっこで非常階段で、2つ先の踊り場毎に、ちらっと見えた友人の姿に似ている。
きっと、焦らずとも、このまま階段を上ってゆけば、きっと自分は単独で立派な鹿のストーカーになれると思うが、何事も見えてからが遠いのは経験で分かる。
あとどれだけ自分に時間が残されているのか分からないが、この一歩一歩、確実に階段を踏みしめてゆく感覚が好きだ。明らかな目標があれば、後退して見える局面でも、自分が登っているのが分かる。
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by oglala-beads | 2009-11-25 22:43

失敗山積み

工事は思っていた以上のストレスだった。僕以上に配偶者とコロがぐったりしている。特に配偶者は大家(親戚)と僕の間に立っているので大変だろう。
振動や音で僕の仕事ペースも相当落ちた。家も空けれないので場所も変えられないし、明日、明後日も出猟出来そうに無い。

その代わりという訳ではないのだが、昨日午前中、なんとか単独で出猟出来た。ただ、家を出た時からどうも様子がおかしくて、目眩がひどい。目が車のスピードについていけず、普段より相当ゆっくり走っているのに、それでも怖い。気付くとフラフラした運転になっている。眠気と吐き気が酷い。途中で「これは駄目だ。向こう着いたら寝て、それでも治らなかったら帰ろう」と決める。それ以降段々治まった様なので、おそらく血圧が上がっていたのではないだろうか。
途中、村に入る手前の河原に、非常に大きな牡鹿が居た。まだ暗かったが力強いシルエットが河原に落ちていた。観察するため(夜明け前は発砲禁止)100メートルほどの距離に車を停車させると、慌てて薮の中に駆け込んで行った。こういう時は行き過ぎて、どこかから裏に回るべきなのだろう。
夜明け前に現地に着くが、バックするとやはりまだ目眩で吐きそうになる。外の空気を吸っていると次第に気分がシッカリしてきた。寝る前に山の様子を見ておこうと、先日購入したハロゲンの大型懐中電灯で、寝屋等、鹿の居そうな場所を照らしてみる。照らす場所照らす場所とはいかないが、やはり目星を立てていた所に鹿がいて目が光っていた。

大型の懐中電灯を今までもっていなかったのだが、単独で犬も使わずにやる僕のやりかたには非常に有用なので前から欲しかった。初猟の日に、猟隊の数人が持っているLEDタイプの明るさに感心して、それを買おうと決めたのだが、師匠に相談すると、「LEDは確かに近くは明るいけど、遠くに届くのは昔からの大きなやつ。俺も手持ちの時はそんなの使ってますよ」と言われて、ウェブで調べてパナソニックのBF-777F大型ハロゲンを近所のホームセンターで購入。価格はLEDの半額程度。早速近場の林等を夜に照らしてみたのだが、あのLEDの感動的な明るさが無い。購入した機種が悪かったのかな?師匠のはもっと凄いヤツなんだろうな、と思っていたのだが、実際に山を照らしてみると、確かにどこまでも光が伸びるのが分かる。逆にLEDは山に当たる手前で明るさが飽和して、それより遠くは見えにくかった。そこでようやく師匠が言っていたLEDは近場が明るいの意味が分かる。夜に犬を探す等で使用するのであればLEDは非常に良いと思う。だが、自分の使い方だと確かに昔ながらの大型懐中電灯が適している様だ。

懐中電灯の性能と、予測していた通りの場所に鹿が居たのが嬉しくて感動し、体調の悪いのも忘れて地図を拡げ、どうやって鹿に忍び寄るかを考える。が、来月始めに師匠が兵庫に来て、山の歩き方を教えてくれる事になっているので、今日はここはそっとしておいて、師匠が来た時の第一候補にすることにした。

次のポイントに移動する。ここは猟隊のS先輩に「早朝結構出てるって、林業の人が言ってた」と聞いていた伐採跡の斜面。ちらっと(奥を)見た感じ居なかったし、それ以上に小便がしたかったので、用を足しながらゆっくり斜面を見ようと車を降りる。で、結構我慢していた用を足し始めた途端、すぐ近くで「ピィ〜!!!」と鹿の警告音がして驚く。盲点だった左横の斜面を見上げると、上の方に6頭ぐらいの群れ。かなり急な斜面に居て逃げ場を探して慌てている。こちらは困った事に用が終わらない。しかも弾が届くかどうか、微妙な感じの距離だ。用を無理に終わらせて鉄砲を構えると、鹿の身体が照準からチラリと見える程度の距離だ。今年猟隊に入った後輩が「100メートルで7.5センチ落ちる」と言っていたのを思い出して、僅かに鹿の背の上に定めて発砲。久々のスラッグの衝撃に一瞬目をつぶってしまった様だ。だが、その後の足取りで当たっていない様子だが、土煙の立った場所は、ちょうど鹿の前足と後ろ足の間の地面位だった。かなり仰角だったことも影響しているのだろう。帰宅後に地図を見て等高線と距離から割り出した距離は150〜200mといった感じだった。数発撃てば当たるかもしれないが半矢にするのが嫌で一発で止めた。
下から見ると絶壁の様な斜面だが、鹿が登ったのだから自分も登れない訳は無い。登ってみると案外緩い傾斜で45度ぐらいか。それでも大概苦労して鹿の居た場所に辿りつく。どこから来て、どこに逃げ込んだかを確認する。ざっと見た感じ、血は出ていない様だ。斜面を横に進んでいたのだろうと考えていたのだが、足跡を見ると、驚いた事になんと斜面を登ってそこまで来たのが分かった。途中走った形跡もあったので、おそらく斜面下の作業道路を歩いていて、車の接近に気付いて駆け上がったのではないだろうか。
その後もしばらく、もし今後同じ場所に出たらどうやって忍び寄るか、実際に歩いたり地図を見たりして確認。次のポイントへ。

ここは去シーズン、朝に単独で歩いていたコースで、先週も歩いたのだけど、去年と違って確かに居るという気配が全く感じられなかった。が、昨日は入った途端に妙な感覚を感じる。ものすごく静かだ。尾根辺りで何か気配がある。鹿もイノシシもこんな感じでは無い・・・結局、かなり時間をかけて尾根まで上がったが、その間に鳥が尾根の向こう側から何羽か飛んだ。何かが逃げたのは確実だろう。でも音が全くしなかった。その地点に行ってみるが、跡が無い。
この感じ、昔、高校生の時に遭遇した熊の感じに似ている・・・でもまさか、こんな南にまで来るだろうか。

尾根伝いにしばらく歩くが、去年あれほどあった鹿の糞が今年は一切無い。が、尾根伝いに3〜4カ所、奇妙な跡を見付ける。直径だいたい40〜50センチ程の、円〜楕円に草や枯れ葉が取り除かれた跡。掘った様な感じではなく、そこだけ綺麗に取り払われた様に土が出ている。朝露等の影響もあるだろうが、土も乾いていないし、上に新たな枯れ葉が降った形跡も無い。新しいものであることは間違いない。

下山して最初に懐中電灯で鹿を見付けた場所に、もうそこには居ないだろうと想定して行く。手前の畑にあった足跡と、目が光った鹿の足跡が同じ個体のものかを確認し、足跡の向いた方向や足取り等を確認する。畑に居る際、何度か走った形跡があった。僕の車に気付いて走ったのではないだろうか。だとすると先週と同じ個体か。目が光った場所は巨大な寝屋だった。しかし畑から非常に近いので、夜の間だけの反芻して咀嚼する地点では無いだろうか。時間が無くて確認出来なかったが、その上も地図上では穏やかな斜面と平らな場所が続いているので、鹿にとっても住み良い場所だろう。非常に沢山の走りがあった。どの足跡も小さなものだった。


下山して猟隊のS先輩と待ち合わせの菖蒲沢射撃場へ行く。ここは、ライフルやスラッグ用の射場で50m・100m、そして動的と揃っている。勿論合法な射場なのだけど、何とも言えない非合法な匂いがして面白い。いつも行っている須磨は少し前にライフルで死亡事故が起きたこともあって規則が非常に厳しいし、都市から近いから30-06という兵庫で一般的な、凄い音のするライフルを使う人で一杯なのだけど、ここは常に貸し切り状態らしく自分のペースで撃てる。

今年一度も照準を合わせていなかったので、その照準合わせと、100m距離でどの程度弾が落ちるかを確認するのが目的。
散々山でぶつけたり引っ掛けたりしているにも関わらず、照準は合っている様で、鉄砲を固定しての委託射撃(が、固定が上手くいかず、委託しきれていない)でまんべんなく全方向に8点(真ん中が10点)エリア中心。それにしても、久々のスラッグはすごい衝撃だ。
立撃は射場の雰囲気に呑まれたのか、何故か集中する事が全く出来ず、6点付近をウロウロしてしまう。普段使用していないターゲットロードという弾を2発撃つと、紙ギリギリの場所に着弾してしまって驚く。
先輩はさすがで、ほぼ9、10に集めていたみたいで、ターゲットの中心が無くなってしまっていた。

こりゃ今日は駄目だと100mをあきらめる。久々の射場で舞い上がってしまったのかもしれない。
構えも、クレーを撃つには良いみたいなのだが、スラッグには甘いみたいで、肩にかかる衝撃を後ろに抜こうとして失敗して鼻を打ったりして散々。これは回数撃って慣れるしかないか。


S先輩と話をしていて、僕らが入っている山界隈にも熊が出ている事を知る。林業の人の話では、熊棚も結構多く見られるそうだ。ということは、さっきの気配が熊だったとしても不思議は無い訳だ。
でも正直なところ、熊は勿論怖いのだけど、自分としては今はイノシシ程は怖く無い。撃てる相手として向かい合うと、それはもう本当に怖い相手だと思うけど、兵庫は熊は狩猟禁止だし、賢い動物だから、ほとんど向こうから遭遇しない様に逃げてくれるだろう。対して、僕はどういう訳かイノシシに縁がある。どうも苦手だ。
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by oglala-beads | 2009-11-21 13:03

恥の文化

昨日から、一ヶ月程かかる風呂の改修工事が始まった。期間中は音で電話が聞き取りにくくなるなど、迷惑をおかけするかもしれません。

どうも大家さんと意思の疎通が出来ていなくて、工事の日取りを決める際にも「来週の月曜から始めるから」と一週間前に突然連絡があっただけで、こちらの都合を聞かれる事は最後まで無かった。自分達が居たら工事がしにくいだろうと引っ越しを急いでいたのに、なんのこっちゃ分からん。
一部を壊して新しくするのだから、うるさいのは今だけだろうけど、会話すら出来ないあまりの音に、射撃用の耳栓をする。しばらくは快適だったのだけど、コロはうるさいままだろう事に気付いて自分達も外す。相当ストレスだろうに大人しくしていて、職人さん達が帰って「よく頑張ったね〜」と誉めてあげると嬉しそうに飛び跳ねる姿がいじらしくてたまらない。

音よりも一番困るのは火薬。少し家にあるので、工事がある時は家を空ける訳にはいかない。もっと余裕をもって分かっていれば処理していたものを・・・
風呂や洗面所のみでなく、食卓や台所も使えないのは仕方無い。本当に大変なのはセキュリティー面で、来る職人達に、狩猟関係のモノを一切目に触れさせない様にするということ。でも猟期中だから、洗濯物とかそういったところで猟師と気付かせないでおくことが難しいものもある。

本日は雨で工事はナシ。コロは昨日で疲れ切ったのか、ずっと足下で寝ている。配偶者はマイケルジャクソンの映画を観に行っている。彼女はマイケルが一番不遇だった時にPVを見て好きになったファンで、亡くなってから「俺、実はさあ〜」と騒いでいるかつてのファンを「恥知らず!」と白い目で見ている。
世の中そんなもんと諭しながらも、そういうノリとかトレンドとかを恥ずかしいもの、と捉えられているのを見て、配偶者も格好良くなったな、と思う。

その彼女、今日は僕がアッサリ気味にリプルーフを仕上げたbarbourのビデイルにライナーを付け、ボーダーのタートルの上に羽織って出かけて行った。aigleなどの長靴を履かずにビーンブーツを履いて行ったところなど、彼女なりの実用主義と反骨心とバランス感覚が格好良かった。電車に乗る時は、他の乗客に気を使って、ワックス・コットン以外の素材の雨具を選ぶ様になったら完璧だろう。
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by oglala-beads | 2009-11-17 15:56

二年目

昨日から今年の猟期が始まった。猟隊が集合する前の、朝の時間の一人の山回りで、自分の猟期も幕を開けた。
6時に現地に到着して、夜明けまでの間、配偶者が用意してくれたおにぎりとポットの温かいお茶を片手に運転席に座って、正面の川と畑と山を見ていた。青系の色相しかなかった景色に黄系の色相が混じって来て、山の緑が空から独立し始めた頃、川を挟んだ畑、約100m程のところにあるコンモリとしたものに目が止まった。
「動物じゃないか?」
見つめるのだが判然としない。が、景色の他の物と、存在感というか密度が違う気がして、しばらく見詰めていると、わずかに動いて首らしきものが起き上がった。
「鹿!」
夜明けまで15分。風は山から里。障壁が多いので、川を忍んで渡れば鹿に気付かれずに射程内に入れる。鉄砲を持って、そっと外に出る。鹿が死角に入る時を見計らって、はじめのだいいっぽ開始。向こう岸に渡り、匍匐前進にて近寄る。15m程まで寄れた。照準は首の急所。相手はノンキに草を食んでいる。完璧・・・なはずなのだけど、悔しいかな、民家が近すぎる。風向きや夜明け直後という事もあり音も通る。その部落には猟師を嫌う人が居り、通報される可能性が高い。
違反は無いのだが、この「民家近く」という状況に今年は特に厳しいから気をつける様、所属猟友会の総会でも通達があった。警察も通報があると対処しない訳にはいかない様だ。250メートル離れているのに捕まったという話も聞いた。まあでも通報する人の気持ちも分かる。
再び川に降り、しばらく鹿の行く方向を観察する。こちらには全く気付いていない様子で、次第に集落に近づいて来る。今にして思えば、そのまま潜んで尾行してゆけば良かったのだが、ちょっと急ぎ過ぎてしまった。こちらに気付いてからも長い時間追っていたのだが、沢を交錯して走り出してからは跡を見付けるのが困難になり断念した。それにしたって、今にして思えば何故諦めたのだろうと悔やむ。千載一遇のチャンスだっただけに、自分の肝の据わりの悪さと判断のマズさが情けない。


猟隊では、今年新しい人が二人も入った。一人とは全く喋らなかったが、いずれも良さそうな人で熱心なので、この猟隊に関しては将来も安泰だな、と思う。他のどの猟隊も最年少60歳が当然の時代に景気が良い。
その内の一人と一緒に山に上がったが、打ち解けるにはやはり一緒に山を歩くのが一番良いなと思う。山を上がれば太陽もうららかで気持ちが良かった。持ち場で切り株に腰掛け、鳥の動きを見ていると、フィルソンのワックス・コットンのベストのワックスが溶け出す程の陽気だった。
新しい人が着く場所の指示を僕が出したのだけど、その後、無線で聞いていると、「いや、そこやない、あそこ」と指示し直されていて、去年自分が初めてその場所についた時もそうだったな・・・と思い出して一人でクスクス笑ってしまった。全員の指示が違っていて戸惑ったものだ。二年目が始まったのだな、と自覚した瞬間だった。これはどこから来るんだろう、という訝しみさえ無用に思うほど、幸福感に深く包まれるのを覚えた。


獲物の分配を抱えて帰宅すると、コロが自分をそっちのけにしてベストの匂いを気が狂った様に嗅いでいる。しがみついて腰まで振り始めた。そういえば、ケガした犬をしばらく抱きかかえて山を降りた。去年は雄犬の匂いをつけて帰って来て数週間無視された。今年は牝の匂いをつけて帰って来て・・・まあ、家族3人、それぞれの猟期の始まりである。
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by oglala-beads | 2009-11-16 11:01

生姜湯〜三原さんに乾杯〜とりとめない服の話

昨夜は、なんとなく危ない予感があったので、温かくして早々に就寝した。いつもは規定量の半分しか服用しない風邪薬も、ちゃんと規定量服用した・・・にもかかわらず、朝から微熱。現在37度2分。少しでも調子が悪い時は、例え練習でも銃を持たない事にしているので、これは明日の解禁日は無理かもしれない。一縷の望みにかけて今日は大事にするが、それでも駄目ならキッパリ諦めよう。一年を通して猟期に身体のピークを持って行く様に調整していたのにお笑い草だが、頑張った結果だから、それはそれで自分でも不思議なぐらい清々しくアハハと笑える。


野良着が流行っているが、自分も野良作業や猟の方面から、野良着に凝っている。最近の大当たりはfunnyさんで買ったschaeferのダック地のベストで、現在これを着ていない日はないぐらい愛用している。carharttよりはfilsonのティン・クロスに近く、雨は弾くし、鹿角、ブラスの削りカスも、軽くジャンプすれば落ちる。すなわち、泥を被ってもcarharttの様には生地に入らないので汚れが着きにくい。ポケットの配置も完璧で、左の胸ポケットに携帯電話、横のペン差しに愛用の2色ペン、右の胸にメモ帳、右下ポケットに12号のビニール袋数枚、左下には十徳ナイフ(ビクトリノックス)と完璧。

こういう商品を見付け出した時は嬉しくなるのだけど、街を歩いていても、残念ながらこういった商品にはなかなか出会えない。どの店に入っても、ワークテイストならこれ、綺麗目ならこれ・・・と同じものしか置いていない。
ブランドでいうと、自分はbarbour、filson、carharttが好きだけど、各ブランドの本国のカタログを見ていて「これいいなあ〜」と思ったものは、日本の代理店が輸入していない。それでは・・・と平行輸入している業者を見ても、やはり入れていない。だから最近はもっぱら個人輸入で購入していて、日本の店舗で買うことはまず無い。
昔は、服を買うといえば、神戸の高架下で、闇市の頃からPXの商品を仕入れて売っていたおじいさんの店に行って、その服にまつわる四方山話を聞きながら買ったものだし、ボタンダウンやブレザーの着こなし方を教えてもらったり、ゴルウェイ・ヴェイ・プロダクツのアランとか、そんな雑誌には載っていない見た事も無い様な商品を見せてもらえてワクワクしたものだったが、今ではそういう楽しみが無い・・・

昨日、new dealの三原さんに、そんな話を愚痴っていたら、「岡居さん、それは仕方ないよ。そういう業者の展示会に行っても、バイヤーがね、全員が全員シャンブレー着てる時代だから」と言われてガッカリした。アメリカ人見たらビックリするやろね。ここは刑務所か?って。
「うちも今回、carharttのレインコートのオーバーオールとジャケットを、俺が欲しくて入れたんだけど、そういうのを置きたがる業者なんてまず無いらしいですよ。今は」
「え?それってPVCのやつですか?」
「そうそう、それです」
「あ♪実はそれ、次欲しいな思ってたんですよ〜!そっか〜、さすがだなあ!」
これにするか、filsonのチャップスにするかで悩んでいたのだけど、三原さんのセレクトが嬉しくて、思わず昨夜はオーバーオールの注文書を書いてしまった。

近所にこういう、自分が面白いと思ってやっている店があるといいですね。
実は神戸にも一件、そういう店があるんだけど、ちょっとオーナーとソリが合わなくてあまりそこでは買いたくない。でもセレクトは本当、自分の好みを知っているのか?と青くなるぐらいに完璧で、フィルソンのハンティング用のベストなんかも普通に平行で入れている。しかも現地で正価で買ったものか?というぐらいの高い金額を着けている。
まさか、これは・・・と思ったものが平気で置いてあって腰を抜かしかけた事が何度あるか・・・

・・・と、本当にとりとめの無い話になってしまったけど、ともかく今日は三原さんに乾杯。と言っても、来年の3月まで酒が呑めないので、生姜湯にて・・・・
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by oglala-beads | 2009-11-14 14:51

彼女の雨

前回紹介したround brac.は次回より価格が変わります。ブレインタンの限られた部位を使用しているせいもあるのですが、それよりはすくい縫いにした事で非常に時間がかかる様になってしまった為です。制作者のワガママで申し訳無いのですが、どうか一つご理解の程を。実質倍ぐらい時間がかかる様になったのですが、さすがに価格も比例させるのは気が引けるので倍にはしません。でも2万円は超えそうです。

現在、直接受注分のmedicine necklace pouchとlighter sheathを2つ、naps!の客注分でペヨーテのジッポーを制作中。


昨日、母の退院祝いに、母の好物の牡蠣を食べてもらいに連れて行って来た。牡蠣といえば広島なんだろうけど、兵庫県も相生の牡蠣はとても美味しい。ただ、昨日時点ではまだ小さくて、もうちょっと待った方が良い気がした。


さて、愛用のアウトドアーズマンのレンズが曇る問題で、曇り止めを買いに眼鏡屋に行ったところ、最近のコーティングレンズは曇り止めをはじいてしまって効かないので置いていないと、行く店行く店で言われた。ネットで調べるとやはりその様なのだが、ソフト99のメガネbukuがコーティングレンズにも使えて良いとのことなので購入した。なんと近所のダイエーの薬売り場が扱っていた。
昨日今日と朝一番で曇り止めをして山を走ったが、確かに曇らなかった。レンズ面に油膜をはるから、ハーフミラーの上で虹色になっている。油膜でフレアが起こるのが心配だったが、思った程ひどくは無かった。次第点だ。
この製品、取説に染色レンズには使えないと書いていたのを購入後に発見したのだが、今のところ大丈夫に思う。もしかしたら製品の性能を100パーセント活かせてないかもしれないが。


朝食後、なんとなく静かな食卓で、ストーブにあたりながらココアを手にボゥっとしていて、辛島美登里の「彼女の雨」が聴きたくなる。CDをとりに行くのが面倒でyoutubeでかける。
彼女の声には、どうゆう訳なのか、ありとあらゆるしがらみから解き放ってくれる作用が自分にはある。
うつむいて聴き入っているうちに、自分がとてもシンプルになる。それと共に、怖さから解放されていく。
しがらみにしがみつく事で、多くの怖さが生まれている様だ。愛情というのもしがらみには含まれる。
単独で猟に入る前に、コロや配偶者の笑顔を思い出すと、山に入るのを躊躇してしまう時がある。
今年は単独に入る時、彼女のアルバムを車に用意しておこう。
自分を一人の男に帰して、「行って来なさい」と背中を押してくれる。
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by oglala-beads | 2009-11-13 20:06

round brac.

愛用しているデジタル・カメラは、オレンジ〜赤にかけて、色が飽和するというかディストーションをおこしてしまって潰れてしまう。この特性のお陰で一番損をしているのが、色のバリエーションが他に無いこのラウンド・ブレスだ。
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このラウンド・ブレスにまつわる思い出は、必ずしも良いものではない。
ラコタのクラフトの輸入をしていた時、品質が次第に悪くなっていった事について折りに触れて書いたり、インタビューの際に話したりしてきたが、その最たるものがこのブレスレットだった。
このブレスレットは、初めてラコタに行った際、少し前に載せたラウンド・バレッタと同じ時に見た様に思う。バレッタの印象が強烈すぎて自分の中では陰に隠れていた様に思うが、マッチングを考えて迷わずお土産に加えた。当時の彼女にはバレッタ以上に喜ばれた様に思う。

このブレスレット、最初は使用している材料も良かったし、良く練られていた。ラウンド&メダリオンなので勿論ランニング技法なのだけど、裏に通す関係で、皆なにかしらの土台にビーズを縫い付けている。最初に購入したブレスレットの土台はキャンバスだった。これ用に購入したと思われる真新しいものだった。それが、輸入を始めて、何度かオーダーを入れている内に、気付いた時には色紙になっていた。

実はランニング技法の場合、裏に糸を抜くのであれば、紙の上にビーズをやってもある程度の強度は維持される。バレッタの様にカーブもあまり変わらず、固定されているものであれば、そうそう壊れるものでは無い。自分も色紙にはやらないが、しかしルームバレッタなどは牛乳パックを土台に使用している。また、ラウンドバレッタの土台はクリアファイルをサンドペーパーの500番で時間をかけて荒らしたものを使用している。経年変化しても腐らないからだ。

しかしブレスを色紙で作るとトラブルになるのは目に見えている。材質とボンド(ほとんどが水溶性ボンドを使用している)の関係上、一度濡らすと終わりだし、濡らさないまでも常にビーズが動く状態では長時間の使用に耐えるはずがない。そうった商品は出荷せずにうちで不良在庫として抱えていたが、他社が輸入したこういった色紙で出来たメダリオン(ほとんどがメキシコで生産されたものだった。ラコタが色紙を使い出したのも、メキシコ製の影響を受けての事だろう)の修理の相談を以前は沢山受けた。大概が使用しているビーズが違うため、うちでは対応が出来ない。

当然、改良を申し入れたのだが、果たされなかった。それについては色々と悲しい思い出もある。

自分で制作する様になった時、迷い無くキャンバスを使用した。それは前回このブレスを制作した時まで一緒だった。しかし、迷いは常にあった。キャンバスは縦糸と横糸とで編まれているので、ほどけてくるからだ。それを防止するために革と接着する接着剤を工夫したりしたのだが、本末転倒の様に感じ続けていた。表面が強くてねばりのある革さえあれば、すくい縫いで革に直接ビーズを縫い付ければ、キャンバス以上の強度が出る・・・

そんな事を考えてはいたのだが、このブレスは普段あまり動かない商品なので、いつか忘れてしまっていた。そんなに安い商品では無いので、これもライターシースの様に、遊び心などがある粋な人にしか理解されないものなのだ。

今回オーダーが入って久々に制作にあたる事になった際、もしかしたら、うちのブレインタンなら出来るかもしれないと思った。いけそうな手触りの革があった気がする。散々探した結果、ある一頭のオスの首のところの革だけがそれに適していた。このブレスがとれる、ギリギリの大きさだけが残っていた。

仕上がったブレスレットは、以前のラウンドブレス(ウェブ上の商品紹介の写真のもの)ほどは粒が立っていない。ドチャっとしているのだけど、今のOGLALA特有の迫力が出た。実はレイジー技法以外でこの迫力を出すのは無理だろうと考えていた。だから軽い驚きだったし、原因は分からないのだけど、結構大きな発見だった。
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by oglala-beads | 2009-11-11 18:36

のじぎく

今日から当分雨らしい。退院後初の母の検診に付き添って、病院を出たら雨が降っていた。母と自分は超の付く晴れ人間で、二人で歩く時は必ず日陰を縫っているので、なんだか違和感があった。
雨は今日から土曜日まで降るらしい。それで日曜日が猟の解禁日ということで、長雨の後ということ、そしてこの雨を境にして気温が下がるだろう事を予測すると、15、16日辺りは動物が相当動くだろうなと予測される。
また、暦上では15日は天赦日にあたり、十二直では除にあたる。まさに猟期の始まりとして最高の日だ。


風呂に入ろうとした脱衣場で寒さに震える。そんな時いつも、去年の猟期に初めて撃ったイノシシの子供を思い出す。カイセンだったのだろうか、彼には毛がほとんど生えていなかった。親は獲られて一人で山をさまよっていたのか、脂肪もまったく無かった。岩の様な肌で、犬から逃れて自分の前に現れた。さぞ寒かっただろう。さぞ辛かっただろう。さぞ腹が減っていただろう。でも楽にしてやったとは思わない。死にたく無かっただろうし、そんな観念すら無かっただろう。
彼を殺した事に泣いたのではなかった。彼の半生に涙を止めることが出来なかった。分かりやすく言うと、絶望の中で教会に向かうネロとパトラッシュを、自分が喰うために射殺した様なものか。いや、ちょっと、大分違うか。
皆、カイセンに侵された彼を食べるのを嫌がったが、食べられるところは、自分達家族で全部食べた。夫の罪を、共に進んで被るかの様に、野生肉が苦手な配偶者も貪った。自分達の身体の組織の一部は、もしかしたらまだ彼のものが残っているかもしれない。
裸で寒さに震える時、彼の痛みを思わない時は無い。人はもちろん、すべての生き物に特別な存在など居ない事を、苦しみ抜いた末に体得した。
自分に尊厳があるのなら、彼らにも尊厳がある。自分の功名心で引き金を引くハンターになってしまったら、その時は潔く銃の許可を返納すると誓う。

メディスン・ホイールは磁石の様なものだと思う。高速で回転して万物を遍く引きつけるが、それに惹かれて憧れを語るうちは、反発して中に入る事が出来ない。ある瞬間に気が付くと、一瞬だけ極が入れ替わっていて、気付いたら中に居る。おそらく再び極が入れ替わり、はじき出される事もあるのだろう。自分の場合はあのイノシシが鍵になって一体化出来た。でも今度は悪い自尊心が鍵になって、はじかれる事もあるだろう。気付かない内に、もう既にはじかれていて遠くに居るのかもしれない。ただ、どれだけ外に居ても、それは本当は中なのだが。



この雨で季節が入れ替わるのだろう。秋と冬とを分ける雨。自分は知らないが、そういう雨の事を言う美しい日本語がきっとあるのだろう。

ふと気付くと、庭の隅で、野路菊が咲いていた。
この花をカービングした、銃のストラップが欲しい。
上手い人のもので無くて構わない。ただ、野路菊を彫る、と決めたら、写真では無く、何年かかってでも、ずっと花の側に居て、花と一体化する事が出来てから彫り始める、そんな人の作品、作家のプライドの結晶と共に、作家のプライドの代表として、猟に臨みたい。
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by oglala-beads | 2009-11-10 19:32