カテゴリ:月光( 1 )

月光   1

 立春を過ぎても芽ぶかない立木の強度を量りながら、左の手に徐々に力を込めていく。懸垂の要領でようやく、腰近くまで埋もれた堅雪の中から、カンジキを履いた右足を持ち上げてゆく。
 鹿の足跡すらない、陽から閉ざされた、60度はある斜面の谷を斜めに巻いて、後輩の牧野君に続いて尾根に出ようとしている。標高差僅か50m程がなかなか登りきれない。「ここで雪崩たら牧野君に申し訳立たないな」と谷底を覗き込んだその時、尾根向こうでタツメをはっている先輩の鈴木さんの銃声が二つ聞こえた。
 悲鳴を上げる身体中の筋肉をなだめながら、ようやく尾根にたどり着き、予定通り勢子声を上げながら、ここぞと思う尾根を下ってゆく。また2つ発砲音が聞こえた。

「俺、鉄砲やめんならんわ」と合流した鈴木さんが肩を落として言う。
「はずしようが無い近くに出たんだけど、あかんかった」
「どんなん出たんですか」
「メス鹿。最初のは一頭で、後のは子鹿2頭でした」
「走ってたんですか」
「ええ、そんな感じです」
「じゃあ、仕方ないですよ。僕は止まるまで待って撃ってますよ」と言いながら、失中だったことに、ちょっとほっとしていた。



 二人とは僕が去年まで所属していた姫路の猟隊で知り合い、上の人達との思想の違いから僕が猟隊を飛び出した後も、なんだかんだと仲良くしてもらっている。
 二人とも僕より一回り以上歳が若いが、先輩の鈴木さんは8年近い猟歴を持ち鳥獣保護員として活躍している。
 彼には一つ、恩がある。僕が鉄砲の免許をとって数回目の猟の時、一匹の子鹿を生け捕りにした事があったのだが、その子鹿を川で殺す時、僕は最後まで見る事が出来なかった。それを見ていた他の先輩達が、「これからは生け捕りを殺すのは岡居にやらせよう」と相談していた際、「最初からそんなのやらせたらトラウマになりますよ」と反対してくれた。
 後輩の牧野君は僕より一年遅れて猟を始めたが、今や姫路猟友会の事務局の中心メンバーであり、県の委託職員として、鹿の大量捕獲装置ドロップネットを農林で担当している。
 それに加えて、銃器がもともと好きだった事も手伝って非常に勉強熱心なので、何か分からない事があると、下手に自分で調べて間違った回答を出すよりは、彼に尋ねている。
 二人とも、猟に関して僕と似た考えを元々持っており、今年の兵庫県の鹿駆除政策の懸賞金の受け取り拒否にも同調してくれている。
 二人とも姫路の害獣駆除の中心であり、日夜問わずボランティアで走り回っている。要は僕よりも数段、実戦を積んでいるので、僕の手に負えない相手が出たら、手伝ってくれる様に頼んでいた。



 「夏が暑かった年は雪が多く降る」という村の言い伝え通り、年末以来ずっとやむ事無く降り続いた雪は、人の背丈を越え、行き場を失った多くの鹿が里に降りて来た。
 幸いこの村では、それほど獣害に神経質な人が居ないこともあり、そうした鹿達にとって居心地の良い環境が多くある。しかも村の唯一の猟師である僕は、余程でないとメスを獲らないので、自然とメスのグループの警戒心が緩くなる。
 実際に、道路際に出て来て、人が近くまで来ても逃げない鹿が多くなり、それがチラホラと通りすがりの内外のハンターに目撃されることになってきた。このままだと多くのハンターを呼び寄せ、但東の他の地域ほど鹿が多くないこの村の鹿の数を、更に減らす事になってしまう。
 出来るだけの脅かしと追い払いは僕とコロの二人でやった。走っている鹿を止める為に練習した指笛を追い払いに使う事になるとは思わなかった。コロも僕の意図を察して、一生懸命吠えてくれた。しかしそれもそのうち効果が薄くなってしまい、ロケット花火を使う事も考えたが、音だけで実害が無いとなると、すぐに効果が薄くなり、何事にも無警戒なグループを作ってしまうことになりそうだった。そこで1グループから一頭ずつ殺す事でグループ単位で人の怖さを学習させる事に決め、二人に手伝いを頼んで来てもらったのだ。
 オスしか獲らない僕にとっては、全員毎日幾度も顔を合わせるおなじみさんであり、一頭一頭に情が移ってしまっていたからだ。
 彼らにとっても、獲物の数が多い上に、あまり経験の無い雪山は魅力的だろう。しかも僕の持ち山であり、猟環境の中でも一番大切な、村の人の理解という住民感情が非常に良好なので、喜んで来てくれた。
 実は、彼らが普段入っているフィールドは、住民感情が悪く、しかも年々悪化していっている。それどころか姫路という地方都市が目と鼻の先という場所柄から、村からの依頼の駆除ですら、常に冷たい視線に晒され続けており、猟というもの自体に疲れ果てているのが大分前から伺えた。
 何か事件が起きたりすると、うちの村でも住民感情は悪くなってしまうだろうから、他の人に応援を頼むのは僕にとってはリスクなのだけど、そうして猟に疲れている、特に鈴木さんに、ここで猟の楽しさと意義、つまり住民からも感謝され、生態系の調整の一助になる、本来の猟を取り戻して欲しいという恩返しの積もりでもあった。


 「出来るだけ、グループの中の、母親は撃たないで下さい。警戒声を頻繁に出しながら止まっているのがリーダーだから、それも出来たら撃たないで下さい。可能であれば弱い子供を狙って下さい」という唯一のリクエストを出して、家を出た。
 我が家を一歩出たら、もう猟場である。即、何匹もの鹿を見つけて、皆肝を抜かれる。しかし、やはり子鹿を撃つというのは彼らにとっても心理的に難しいということが分かり、より多くの鹿からに選択肢を拡げるため、追い山をすることになった。

 1山目は、僕と鈴木さんがカンジキを履いて山に登り、牧野君が待つ谷に群れを追い落とした。この猟は二人の勢子の呼吸と速度が合わずに、予測した谷の隣から飛び出してしまい、指示したポイントが牧野君から遠く、失中だった。出て来たグループが、僕の顔馴染みでは無かった事に、少し安堵した。本音をいうと、出来たら顔馴染み達が人の怖さを学んで、無事生き延びていって欲しい。今回追われたグループも、人間がプレデターであることを認識しただろうから、当分は目立つ場所には出て来ないだろう。
 臭い物にはフタ的な考えなのかもしれないが、この村の山にはまだまだ山の中自体に鹿の許容量が多くあるので、出来る限り、特に今年の様な雪の多い年には、自然淘汰に期待をかける余地が残されている様に思う。

 午後からの2山目。本命の谷の中を牧野君と僕とで大きく遡り、鹿が休んでいると予測を立てた尾根筋を巻いて、鈴木さんの待つ”鹿の脱出路”に追い込むプランだ。
「この谷は、えれぇでぇ。登れん思うがなあ。ワシも奥は行った事ない」と、炭焼きをしていた、谷の入り口に住むヒトシさんに聞きながらも入ったのが、冒頭の話につながる。
 


 『最初に出たのが、一番の顔馴染みの3人組の母親だな。次に出た子鹿二頭が、その子供だ。外してくれて、良かった』とほっとしながら、一人先に引揚げていっていたら、川沿いの林道の対岸、鈴木さんが待ちを張っていた場所近くにかなりの大量の鮮血が雪の上に落とされているのを見つけた。
「鈴木さん、外してなかったみたいですよ。鉄砲やめんで済みましたね」と無線を入れながら、位置的に見て、母親が撃たれている事を悟る。血の量から見て、かなりの重傷だろう。近くで死んでいるのではないか。
 血の固まりの近くまで行き、検証すると、撃たれてすぐに50mほど走って、ここまで来て一旦休んだと思われる。状況が手にとる様に分かるほど、生々しい。おそらく気管か肺をやられているのではないか。呼吸の度に大量の血を飛び散らせていた。
 しかし、致命傷の時の、あのドロっとした血糊が見あたらない。全体に非常に鮮やかな血だ。
 3人で手分けして探しまわる。雪があると跡は追いやすいと通常は言うのだが、獲物が多く、新旧見分けがつきにくい足跡が多過ぎるので、かえって雪が無い時の方が葉の落ち方や溜まり方、裏返り方や枝の折れ等から見分けやすい様に僕は思う。やっとの思いで見つけた次の跡は、そこから今度は30mほど山の高い方に向かったところだった。これだけの怪我で上に走れるはずが無い、と考えたのが間違いだった。
 そして、その次の跡は、そこからネット際に進んだ数10m先。そこからはどれだけ探しても跡を見つける事が出来なかった。
 『これだけの怪我、よもやネットを越える事は出来ないだろう、どこか下に落ちているのだろう。意地でも探してトドメを刺してやりたいが・・・おそらく、この出血なら今晩には息絶えるだろう。日没も近くなって来た。皆も疲労が強くなって来た様子で、足が動かなくなって来ている様だ。これは今日は撤収した方が良い』
 そう決めて林道まで戻った時、今度は鈴木さんが子鹿に発砲した方面に、牧野君が血の跡を見つけた。今度は非常に僅かな量で、撃たれた後も元気に一気に安全な所まで逃げ切っていた。それを確認し、日没まで10分ほど、山間の村では暗くなりかけた林道を降りていっていると、目の前をイノシシの子供がス〜っと、まるで我々が見えていないかの様に横切っていった。
 僕のすぐ近くにいた鈴木さんに「イノシシ」と伝え、どうぞ、と手で合図する。その後からノッシノッシとやってきた牧野君を手で制し、皆で息をひそめる。ゼンマイ仕掛けのオモチャの様に、ツ〜っとやってきたイノシシを三人が見守る。俺だったら、ここかな、というタイミングを2回見送り、3回目に鈴木さんのレミントンM870の12番ブリネッキのスラッグ弾が正確にイノシシを撃ち抜いた。
「ここ、凄いですね、久しぶりに猟が楽しいと思いました」
夕暮れの中、皆の足取りが軽かった。

 翌日は僕に村の仕事が入っていたので、二人で猟に行ってもらった。途中で牧野君が鹿を仕留めた旨、無線が入る。仕事が終わった後で車を出して回収に行く。牧野君の12番サボット・スラッグではかなりのオーバーパワーだった様で、かなりの臓器が体の反対側に吹き飛んでいた。


 「最近ちょっと気分が上向かなくてな。仕事しよう、仕事しよう思うんだけど、どうしても手が止まってしまってなあ」
「岡居さん、それ、日本海側に特有の一種の鬱ですよ。嫁いで来る人が皆かかる、季節病みたいなものです」
「いやあ、俺は雪が多い所に住むのが夢だったし、毎日が楽しくて仕方ないんだけどなあ。でも、確かに、楽しいんだけど、心が滅入ってしまって、実は、本当の事言うと、相当重症なんだよ」
「間違い無い思いますよ。いくら楽しくても、やっぱり太陽が全くあたらなくて、一日ジメジメした環境だと、慣れるまでは相当応えるんじゃないですか」
「なるほどなあ。うん、なんか、それ聞いて、少し楽になった気がする」
食後のコーヒーを呑みながら、薪ストーブに新しい薪をくべた。


 翌朝は僕が熱を出したのと、二人とも猟果があったのとで、猟は中止。僕も一日寝て過ごした。その夜、神戸で一人暮らしをしている母から電話がかかり、帯状ヘルペスで眠れないぐらいに痛いということだった。すぐにコンピューターで検索して何科を受診するべきかと、神戸界隈の良い病院を調べ、家を出る。朝一番で病院に連れて行く。間違いなくヘルペスとの事で、その対処薬と鎮痛剤、そして胃腸薬を処方してもらうが、鎮痛剤が非常に弱いものでいつまで経っても効かずに苦しんでいる。実家近くの内科で事情を言い、ロキソニンを処方してもらう。最初の薬が切れる時間を待って呑ませると、嘘の様に痛みが消えた様子。但馬には神経痛等に効く温泉も多く、都会に比べると非常に丁寧に対応してくれる診療所が近くにあり、なにより一緒に居てくれると安心なので、次の朝、病気療養に但東の我が家に来てもらう事にした。

 但東までの途中、何カ所か買物に寄り、旅行気分を味わってもらう。雪にほとんど縁の無い人生を送ってきた母にとっては、年始に一度大雪の我が家を体験してもらったものの、もう一度雪を味わえるのが楽しみの様子だった。朝来を越えて、次第に雪が深くなってゆくのに歓声をあげていた。僕は僕で都会から離れて但東の空気が近くなって来て、日本海性鬱が嘘の様に「戻って来た」という喜びに包まれていた。
 車を家の車庫に入れ、母の荷物を運ぶのを配偶者に任せ、コロの散歩にでかけた。コロは都会育ちなので都会に居る時も、それなりに但東には無い楽しみを自分で見いだしているのだが、やはり自分のフィールドだけに、僕と同様に嬉しそうだ。ここでは毎日、同じ路の様で、まったく違う路なのだ。ちょっとずつ、例えば鹿であっても、新しいグループが入ってきていたり、古いグループが出ていったりしている。それをコロと僕とは、時に直接姿を見て確認したり、足跡の大きさや歩き方を見て大体の事を知る。コロには僕の何倍もの情報が分かっているかもしれない。彼の注意しているポイントを注意深く観察することで、新しい発見があるし、「ホラ、お兄ちゃん、ここ見てごらん」とコロに示唆されて色々と学ばせてもらっている。僕もコロの気付かない事をコロに教えている。そういうことなので、僕らのここでの散歩は非常にゆっくりで、止まっている方が多く、時間がかかる。


 その日は日没が迫っていたので、急ぎ足での散歩で、ゆっくりと道路の変化を観察する余裕が無かった。コロの仲良しのモモちゃんに挨拶をし、そのままフウちゃんの家から川沿いの旧道に入り、ヒトシさんの家を過ぎたところで、ふと見ると道の傍の崖にもたれる様にして、触れそうな距離に一頭の鹿がいる。
 慣れとは怖い物で、ここに来るまでは動物を山で発見するのが非常に遅かった僕が、現在ではほとんど、動物よりも先にその存在に気付き、彼らの裏がかける様になった。だが、その目はいつも遠くに向いているせいだろうか、この時はほんのわずか1mのところに寄るまで、鹿が居るのに全く気付かなかった。
 「おまえ、こんなところで何やっとる」と声をかけると、目が何かを訴えかけてきた。よく見ると、顔が少し歪んでいる。鈴木さんに撃たれた、あの僕と一番親しかった母鹿だ。
「そうか、お前、トドメを刺してもらいに、俺を待っとったのか」
いつも大体同じ時間に、その旧道から見える範囲で彼女達と顔を合わせていたのだ。
「すまんかったな。留守にしてしまって。長いこと苦しませてしまった」
それでもまだ目の前の鹿に気付いていないコロを遠くに繋いで、あらためて近くに寄ると、まだ逃げる力が残っている様だったが、じっと僕の目を見ている。助けられるかどうか、よく観察するとアゴがグチャグチャに砕けていた。あの日、捜索する僕らより大分高い場所で一頭の鹿が発していた声は、この母親にとてもよく似ていた。今にして思えば、散り散りになった子供達を安全な所に導く為に、重傷の彼女が発していた声だったのだろう。
 ふと見ると、彼女と僕の居る場所から数十メートルほど上に、子鹿が一頭かくれていた。最後の最後まで、彼女はこの子を導いてきたのだろうか。もう二度と、食べる事も反芻することも出来ない身体で、子供達に食べ物の取り方や、休み場所を教えてきたのだろうか。
 そっと彼女の頭を抱いた。彼女の目に、彼女が生まれ育った山河が映っているのが見えた。彼女から見えない様に静かにナイフを抜き、彼女を抱いたまま、首にあてがった。


 その夜、一人で工房に居ると、一台の車が家の外で止まり、一人のおばさんが門を開けて入ってきた。
「すいません、ちょっと変な話なんですが、ここから少し下った所で、鹿が車に轢かれたらしく、道の傍で動けなくなっていて」
「ああ、そりゃあ、可哀想ですね」
「そうなんです。それで、また何回も他の車に轢かれていくよりかは、ひと思いに殺してやってくれないだろうか、と思って引き返して来たんです。よく猟されているのを通りすがりに見ていたので。あの、猟師さんですよね」
「ええ、そうですが、ただ、もうこの時間になると鉄砲も撃てないし、ナイフで殺すという手もあるんですが、実は但東町はちょっとややこしくて、鹿を殺すっていうのにお金が出るので、なわばりがあって、結構厳しいんですよ。但東町お住まいでしたらご存知かもしれませんが」
「え、そうなんですか。ええ、私も但東町ですが、知らなかったです。あ、でも結構、ここの猟友会は色々とあるとは聞いた事があります」
「僕は最近越して来たので、ちょっと皆とは考え方の違う部分があって、正直うまくいっているとは思ってないんです。出来れば鹿の保護がしたいぐらいなので。だから何とかしてやりたいとは思うのですが」
難しい事に巻き込まれたくないのだろう。お茶を濁す様に、そそくさと帰っていった。

 とりあえず車を出して状況を見に行く事にした。母と配偶者に事情を話し、懐中電灯とロープ、そして数時間前に一頭のメス鹿の命を奪ったナイフを腰に差してジムニーに乗って家を出た。
 家から数キロ下に降りた道路脇の、カーブの内側で一頭の大きなメス鹿がうずくまって顔だけもたげてキョロキョロと見回していた。右後ろ足を真っ直ぐのばしている。状態としては、元気そうに見える。
 ちょっと悩んだ後、牧野君に電話をかけて、こういったケースの処置法について、助言を請うた。

「助けられるのなら、助けたいですよね。一度、そういうので助けた事がありますよ。野生動物救護所に指定されている動物病院に運び込んじゃうんです。ちょっと乱暴な手ですが、運び込まれたら嫌だとは言えないはずなので。但東町だとですね・・・えっとメモありますか」

 豊岡市にある動物病院がそれに指定されていることが分かった。牧野君の話では、野生動物の救護は税金で賄われるので、費用もかからないとのこと。鹿を車に運び込むのに手伝いも必要なので、いったい家に帰り、母と配偶者に事情を話す。二人とも二つ返事で僕が豊岡に行く事を了承してくれた。
 牧野君に聞いた動物病院に電話をかける。いきなり運び込むというのも確かに手とは思うのだけど、ウェブでその病院について調べた牧野君の話では、相談に乗ってくれそうな先生だとのことなので、事前に連絡しておくことにした。しかし、本当に全く期待はしていなかった。鹿は害獣ということになってしまっているので、「殺処分」と言われる事は分かり切っていたからだ。
 結果的にやはり受け入れは難しいと言われたのだが、その理由は非常に納得のいくものだった。
 それは、鹿が道路脇で動けなくなっているというのは、足や腰の骨折のみが原因ではなく、内臓も損傷を受けているという。確かに骨に損傷を受けた程度であれば鹿は何としてでも安全と思える場所まで逃げていく。ああ、助けようが無いんだな、と理解した。
 嬉しかったのは「出来れば助けてやりたいです」と、その動物病院の先生が一生懸命考えてくれた事だ。
 次に電話したのは、警察。行政に任せることにした。
 数時間後、警察から「適切に処理しました」と連絡が入った。


 その夜、母が配偶者に、「今まで宏顕が猟すること、色々と言ってきたけど、それがストレスになっているかもね」と言ったらしい。
「そうですね、本人本当に苦しみ抜いて頑張ってますんで、見守ってやってもらえたら私も嬉しいです」
「そうね、やめるようにするわ。うちは昔からパパも動物愛護の活動していたし、お姉ちゃんはその意志を継いで愛護団体を主催している様な一家だから。宏顕も虫どころか、生きてないものでさえ”かわいそう”って言って捨てられない様な子だったでしょう。だから皆とても理解出来なかったのだけど」
「本人、猟をしてるんですけど、私が思うのは、ちょっと難しいんですが、あれは愛護だと思うんです」
「そうね、そうなんでしょうね。なんとなく分かる気がするわ」


 翌々日、母と僕が但東で気に入っている店、高橋にあるニューあさみせに買物に行った。行きしな、「適切に処理された」鹿が、カーブの外側で死んでいるのを見た。殺して他の車の邪魔にならない場所に置く、というのがその処理の意味するところであったらしい。
 何も買う気はしなかったのだが、結局アクリル90%の、いわゆるジジシャツや、防寒サンダル、雑巾や解体台用の洗剤等で3千円も買い込んだ。
 帰りしな、母が「どこで死んでたの?いきしな、気付かなかったわ」というので、
「犬や猫が死んでいるのとは違うで。見ない方が良いかと思うけど」
「停まらなくていいから、通るとき教えてちょうだい」
「教えなくてもすぐ分かると思うよ。カラスとトビがいっぱい居るから」
内臓が既にタヌキ等に喰い破られて道路に散乱している事は、母には言わなかった。




「月光  2」につづく
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by oglala-beads | 2011-02-23 00:03 | 月光