カテゴリ:姫路白なめし革( 3 )

連載「姫路白なめし革」〜3〜

アメリカで言うところの、Staking tool。またはStaker。アメリカでは通常、地面に打ち込んだ杭の先端を削って作る。
白なめしの場合、同様のものをヘラと呼んでいる。
ともかく、革を伸ばして柔らかくする作業である。白鞣しの場合、それ+革を伸ばして白くする作業も含む。

ともかくはこのStaker作りから。
アメリカのものは単に杭を削っただけ。非常にシンプルだ。
対する白なめしのものは、おそらくリムーバーの先端を取り外して削ったものを、木の台に取り付けている感じだ(写真参照)。
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アメリカのブレインタンの場合、杭を使うのはWorkingといって、脳漿液に漬けた皮の繊維を開かせるために使う。最終的なソフトニングの際は、フレームにかけて、同じく先を丸く削ったリムーバーを使うことが多い(写真参照)。
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非常に安易なんだけど、リムーバーをばらして使うのももったいなかったので、筋トレのバーベル・ラックを分解して、差し込んでヒモで縛って固定してみた。
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かなりガッシリしているので大丈夫だろう。

預かった皮はこの状態。
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塩入れと油入れは済んでいる。

ところで、裏面にはメンブレン(結合組織)が結構残っている。が、これは手でむしったら簡単に取れると教えてもらった。
オイルを入れて一旦乾燥させることで乖離してくるのだろう。
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取り去ったメンブレンはコロのオヤツに。塩と菜種油で、かなり好きみたいだ。
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この皮を湿らせて、水分が充分に浸透する様に畳んで、ビニール袋に入れて上から重しを乗せて一晩寝かす。

Stakingは完全に乾いたものにやっては駄目だし、濡れ過ぎているものにやっても効果が無い。95%乾いた状態とブレインタンやアメリカの剥製製作の世界では言われている。
そこでビショビショにしないように気をつけて寝かすのだが、Grain on(ギンつき)の革をやるのは初めてで、どれだけ水分を吸うかが分からなかったので、前日の加湿はかなり多めにした。
新田さん曰く、本当は夜露でしめらせるのが良いそうなのだが、タオル等で実験したところ、今の時期、我が家の庭ではあまり夜露がつかない様だし、野良猫が多いのでそれは見送った。
朝、開けて見たらやはり若干濡れ過ぎだったので、一時間日陰で干しておいた。すると丁度良い具合になったので、開始した。

Staking(ヘラ掛け)。白鞣しのヘラは大分低くて、腰位の高さの様だが、僕のは結構高い。そのせいで、体重を乗せることが出来ず、上半身のみでやるような感じだ。
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が、ニホンジカの様に薄い革にはこの方が良い気もする。というのは、この高さでも、ちょっと力を入れ過ぎたら、乾燥してしまった部分は破れてしまう。相当な慎重さを要するのだ。

それにしてもやはり薄い。乾燥しているとはいえ、Grain onでこの薄さか。。。
正直な話、やる気が萎えそうになった。実際、新田さんも相当苦労されているのではなかろうか。
とはいえ、なんとか一回目のStakingが終了。これを最低3回繰り返す。プロで3回だから、僕なら10回はかかるのではなかろうか(笑)。
特別にメンブレンを取らなくても、Stakingすることで取れてくれそうだ。

ほんの少し白くなった様だ。
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明日は雨らしいので、この作業はお休み。
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by oglala-beads | 2007-08-27 21:12 | 姫路白なめし革

連載「姫路白なめし革」〜2〜

姫路白なめし革といえば、伝統工芸というものに興味がある人にとっては、決して無視することの出来ないものだろう。
僕も初めてそういったものがあるという話を聞いたときから、いつかそういった仕事に従事する人と知遇を得れたらなあと憧れたものだ。
当時は、まさか自分が鞣しをするなんて想像もしていなかったが。

前に書いたが、僕が鹿の原皮を分けてもらっている丹波姫もみじの柳川瀬さんが、姫路白なめし革保存研究会の新田眞大さんと組むことになった。会合の折、僕の話になって、是非会いたいという話になったようだ。
そこで柳川瀬さんにセッティングをお願いして、実際にお会いしたのが、8月8日。

姫路白なめしは市川の流れ、塩、そして菜種油から生み出される独特の製法を持つ革で、その名の通り白いのだが、真珠の様な多層的な光を持ち、上品で、当たり前かもしれないが非常に有機的で、凄みのある革だ。
全行程を人力で行う最後の職人も製作を止めてしまった様で、平成12年に新田さんが姫路白なめし革保存研究会を発足させ、技の伝承、後継者の育成、産業としての復活を目指して活動されている。
また、この白革を使った商品を作るアーティストの育成にも熱心で、そういった作家達に、工場内に工房を作って、製作することの出来る場所を提供されている。興味のある作家の方は、一度連絡されてみるといい。

新田さんは優れたバランス感覚をお持ちの方で、究極的に産業として復活させるためには需要と供給がきちんとあることが必要という認識のもと、すべての技術を、ただ先達の作業をなぞるだけでなく、一つ一つの行程が何故必要なのかを、ひもといてゆくことから始められた様だ。そして試行錯誤の中から得られた結論によって、一部に機械を取り入れることに成功された。並大抵の研究と努力ではなかったと思われる。

僕自身もラコタのビーズ細工の継承にあたって、同じ様に一つひとつをひもとき、再構築してゆく作業を、現在に至るまで延々と繰り返しているので、新田さんの仕事への姿勢に共感出来るところが多かった。

さて、その新田さんが、開口一番に言われたのが、「君は無い道具を、自分で考えて、身近にあるものを工夫している。それをブログで見て、これは是非会ってみたいと思って、柳川瀬さんにお願いしたんです」ということ。
また、「君は非常に素直に知識を受け取って、自分でちゃんと消化している。それが素晴らしい」とも言って頂いた。
さらに、「君がブログで書いていることは、分からない人がほぼすべてだと思うけど、何が言いたいのか、僕には完璧に分かります」という言葉までかけて頂いた。
最初からそんな風に言われたので、逆にすごく上がってしまって、自分が何を言っていいのか分からなくなってしまったのだが、それほど緊張していたにも関わらず、新田さんの言葉は不思議と全部沁み入って来た。

実際には雑談7割、技術的なこと3割といった感じだったのだけど、その雑談の中に非常に示唆的な話が多く、それゆえに言葉がスポンジの様に沁み入るのを感じた。おそらく、こういった知識にずっと飢え続けていたのだろう。
雑談から得たものが大きいことを新田さんに伝えると、「僕は、相手が全然分かっていない人なら、逆に雑談をせず、最初から最後まで、技術的な説明をするんです。雑談をするのは、分かっている人は、そこから感じ取ってくれるからなんです」と仰っていた。
これも僕自身、経験から本当に良く分かる話だ。
しかし、僕の場合、実際には、僕の雑談からヒントをつかみとって帰って行った人は非常に少ない。
申し訳ないのだが、今まで訪ねて来た日本人の中には一人も居なかった。ラコタで一人、いや二人居たかどうか。現在では取引先の方で数名、雑談からヒントを拾ってくれる方に恵まれている。面白いことに、そういう方がおられる店は、ちゃんとお客さんを育てて、最初は低価格商品しか売れなかったのが、次第に高価格商品が売れる様になっていっている。

おそらく新田さん自身、そういうタイプの人間との出会いは少なかったのではないだろうか。
そういう意味で気に入って頂けたのか、非常に有難いお言葉を沢山かけて頂いた。
恐れ多くも、後継者にとも考えて頂けた様だ。

今現在、ラコタ族のクラフト後継者としての責任(*)もあるし、鞣しと自分との関わりを模索している状態なので何とも言えないのだけど、自分の一部の中に白なめしを取り入れて行くことが出来る様になれば、それは幸せなことだろうと思う。
(*: ラコタの師匠が死んだ今、それを期待している人間はラコタに居ないだろうけど、師匠亡き今だからこそ、誰に何を言われようと、約束した責任は全うしたいと考えている)

新田さんが僕に期待して下さる理由の一つに、英語もあるそうだ。
これは実際には非常に心もとないものなので、穴があれば入りたいのだが、でもまあ、実際に通じてて、毎日アメリカから何通もメールが来ている訳だから、まあ、いいのだろうか(笑)
そこで、アメリカの鞣しの師匠に白なめしのビデオを送った訳で、それが現在、アメリカのホーム・タンナー達の間でセンセーションを巻き起こしていることは、前にも書いた。
数日前からこのビデオの翻訳にかかり、今日、最後のビデオの翻訳をアメリカに送り終わった。
この翻訳は、近日中に僕の英語版ブログでも公開を予定しているし、今でもアメリカの原始技術の掲示板サイトで一部を見ることが出来る。(該当サイト

ところで、その時に、新田さんの鞣しかけの鹿革を預かって来た。
「ここから、一回やってみて下さい」
状況的に言うと、鞣し材の浸透が済んで、あとはブレインタンでいうSofteningのステージ前だ。
状況は分かるのだけど、何をすれば良いかに関して途方に暮れていると、ここからやることを簡単に説明してくれて、ビデオ(翻訳してものと同じ)を見せて頂いた。
これだけ資料が揃っていて、あとはやれば良いというだけなんて、今までのブレインタンでの試行錯誤に比べたら天国だ。でも、実際には色々なノウハウが、そこには込められていると思う。

今日まで、翻訳の他にもなんやかんやと忙しかったので出来なかったのだが、大分落ち着いて来た今、これを明日から開始しようと思う。
ブレインタンにも活かせる知識が満載なのが今から見えていて、本当に楽しみだ。
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by oglala-beads | 2007-08-26 17:26 | 姫路白なめし革

連載「姫路白なめし革」〜1〜

アメリカの鞣しの師匠に、姫路白なめし革のビデオをメールで送った。
案の上、大騒ぎになった。

もちろんビデオ(姫路白なめし革保存研究会ウェブサイト内、「なめし革製造工程」にて見れます)は日本語なので師匠には言ってることは理解出来ないのだけど、映像だけで、自分で苦労して物事を習得していくことの出来る人なら、その映っているものがどれほどすごいものなのかは分かる。

アメリカの脳漿鞣しの歴史は案外浅い。インディアンが有史以前からやっていたではないかと言われそうだが、実を言うと、インディアンの脳漿鞣しの歴史は一度途切れかけたし、個人が細々と継承していたので、その知識の大部分は忘れ去られてしまった。
埋もれかけた知識のごく一部分を、比較的近年になって、数人の白人の男達が掘り起こした。そして、その流れを汲む者達が、現在アメリカでブレイン・タンナーとして活躍し、数々のテクニックを再発見していっている。
アメリカでのブレイン・タンは、今まさにルネッサンスなのだ。

一方、日本での脳漿鞣しの歴史は7世紀にまで遡ることが出来る。また正倉院には8世紀頃の、脳漿鞣しの鹿革の足袋が収められているが、その柔軟性はいまだに損なわれずにいるそうだ。
そういった歴史の中で発展していき、鞣し材が塩と菜種油へと変わり、世界に類を見ない技術へと昇華していったのが白なめし革だ。

後述するが、白なめしは脳漿なめしと共通するところが多く、共用出来るテクニックが非常に多い。

僕も今はおおまかな流れとしてのテクニックしか分かっていないのだけど、それでも理解したことをアメリカの友人達にメールしたら大騒ぎになっている。寝かしたり、乾かしたり、逆に濡らしたりという地味だけど一番秘伝がある部分に到達したら、果たしてどうなるのだろう。

日本の伝統工芸の技術がアメリカで、いや、世界中で注目されつつある。

ね、なんかすごくないですか?

++++++++++++++++++

白なめし革の新田さんにお会いした際の話を、書こう書こうと思いながらも、書きたいことが交錯してしまって、なかなか書くことが出来なかった。そこで何回かに分けて、その時に感じたこと、得たことを書いていこうと思う。
間を空けて書くので連続していません。そこで「姫路白なめし革」のカテゴリーを作りましたので、右横にあるカテゴリーの中から「姫路白なめし革」をクリックして頂くと、連続して読むことが出来ます。
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by oglala-beads | 2007-08-17 21:59 | 姫路白なめし革